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楽天 平井康文・副社長楽天モバイル事業担当役員インタビュー

楽天はドコモ、ソフトバンク、auに勝てるのか

2015/7/9
ドコモ、ソフトバンク、au(KDDI)の3強に挑むべく、格安スマホの領域に多くのプレーヤーが新規参入している。その中でも、最近、動きが目立つのが楽天モバイルだ。昨年10月にモバイル事業に参入し、数年以内の1000万契約を宣言。最近では、サッカーの本田圭佑選手が出演するCMをスタートするなど、攻勢をかけている。楽天はなぜモバイル事業に力を入れるのか。どこに勝算を見出しているのか。シスコシステムズの社長を辞め、2015年2月に楽天に参画した同社の平井康文副社長(モバイル事業担当)にその戦略と野望を聞いた。(聞き手:佐々木紀彦・NewsPicks編集長)

誰と“真っ向勝負”するのか

──最近、本田圭佑選手が出演する楽天モバイルのCMが始まりましたが、CMのコピーとして「真っ向勝負」を掲げています。これは誰に対して“真っ向勝負“を挑むという意味ですか。

平井:まずは、自分たちに対して、真っ向勝負しないといけないと思っています。近々、楽天は二子玉川の新しいオフィスに移ります。クリムゾンハウスという1万人弱が収容できるオフィスで、都内に分散しているオフィスをひとつに統合します。

もうひとつの思いは、もう一度「バック・トゥ・ベンチャー」を意識しようということです。それは、言わば今から18年前、三木谷(浩史社長)を中心とした6人の仲間が楽天を創業したときの熱気です。愛宕の小さなオフィスで、寝袋で寝たり、三木谷自らいっぱい荷物を運んだり、みんなでウワっと動かしていた時代です。

楽天もこれだけ大きな企業になり、グローバル展開も行ってビジネスポートフォリオが大きく拡大する中で「バック・トゥ・ベンチャー」の重要性が高まっています。

特に、楽天モバイルは今まで社内になかった新しいプラットフォームになります。そういう意味で、まずは自分たちに対して真っ向勝負。覚悟を持ってやるというのが、この“真っ向勝負”というコピーに秘められた一番大きなテーマです。

──通信キャリア3社に真っ向勝負という意味ではない?

私自身が一番懸念しているのは、通信キャリアが同質化しているということ。サービスの内容も料金もデバイスの品ぞろえも非常に似通ったものになってしまっている。そこがひとつの問題ではないかと思っています。

競争原理をより働かせて、欧米のようにどんどん新しいサービスや料金体系を出すことによって、ユーザーの利便性が上がり、通信業界がより良くなり、それによって日本全体の経済への波及効果が生まれるはずです。

──「自分たちとの戦い」という話がありましたが、楽天グループの中でも、モバイル事業にかける思い入れ、リソースの投入量は大きいのですか。

現在、楽天には3つの柱があります。1つ目が、原点であるeコマース、マーケットプレイス事業、2つ目が大きな事業の柱に育ってきた金融事業、そして3つ目が、デジタルコンテンツ事業です。

この通信サービスという分野を、第4の事業の柱にしていこうと考えています。その中核になるのが楽天モバイルであり、実際にインフラストラクチャーとして設備を支え、サービスを提供していくのが、傘下のフュージョン・コミュニケーションズです。

平井康文(ひらい・やすふみ) 九州大学理学部を卒業後、1983年に日本アイ・ビー・エムに入社。マイクロソフト執行役専務、シスコシステムズ代表執行役員社長などを経て、2015年2月から楽天の副社長執行役員(現任)、3月から同社代表取締役(現任)、楽天グループのフュージョン・コミュニケーションズの代表取締役会長(現任)も兼務する

平井康文(ひらい・やすふみ)
九州大学理学部を卒業後、1983年に日本アイ・ビー・エムに入社。マイクロソフト執行役専務、シスコシステムズ代表執行役員社長などを経て、2015年2月から楽天の副社長執行役員(現任)、3月から同社代表取締役(現任)、楽天グループのフュージョン・コミュニケーションズの代表取締役会長(現任)も兼務する

1000万契約という目標のリアリティ

──数年以内に1000万契約というかなり野心的な計画を出していますが、現在、計画に比べてどれくらいのペースで推移していますか。

具体的な数値は話せませんが、1000万というのは、エベレストに登るような大きな目標であることは事実です。

しかし、もし三木谷から「100万ユーザーを目指してやってほしい」と言われていたら、私はきっとこの仕事を受けていなかった。100万ユーザーという目標であれば、ほかにも目標にふさわしいリーダーがいるでしょう。

ただ、この1000万というとてつもないディスラプティブ(破壊的)なゴールがあるからこそ、挑戦する気持ち、野心というか、ワクワク感、ハラハラ感、ドキドキ感が私の中に育ってきている。

現実的には、楽天モバイルの事業はまだ周回遅れです。去年10月のスタートからまだ半年しか経っていない。1万メートル走でいえば、「よーいドン!」で他の走者が2〜3周走り終わったぐらいのときにようやく控室から出てきて、一生懸命靴を履いて、靴紐をしばって、走り始めたところです。

そういう意味では、累計値で見ると、まだまだほかの先行するMVNO事業者のほうが優位ですが、毎月のビジネスの成長度合い、マーケットに与えるインパクトという意味では、十分な立ち位置を確保できたのではないかと思います。

──数字という意味でも、社内の目標よりも上回ってきているということですか。

そうです。もちろん相当アグレッシブな目標を立てていますが、今は順調に推移しています。

──MVNOには競合が多く存在しますが、他社との一番の差別化は何ですか。

まずは、楽天グループが持つ楽天経済圏のあらゆるサービスを付加価値として統合しながら、全国にいる9977万の楽天会員との接点を生かします。既存の楽天会員にとって、最適なサービスをトータルで提供し、入り口にするというのが、ひとつの大きなユニークな戦略です。

もうすでに楽天市場の取扱額の47%がスマホ経由です。スマホからサービスを使うユーザーが、ものすごく快適に、スムーズに、リッチにサービスを使うときに、楽天モバイルが最高の入口になるという点がひとつの戦略になります。

今、通信キャリアの戦略を見ていても、インフラ、デバイスを提供する仕組みだけでなく、いろんな付加価値サービスを展開しています。そのために、パートナーシップモデルで、いろんな会社とその都度提携をして進めていますが、楽天の場合は、提携先がほぼすべて社内に存在している。そこがひとつの大きなアドバンテージです。

たとえば、何か楽天市場や楽天トラベルと新しいサービスを立ち上げたいと思ったら、オフィスの階段を上って、その部署の人間に会いに行けばいい。こうしてスムーズに協業できることが大きなメリットになります。特に、自社内のサービスがすべて楽天スーパーポイントという、ひとつのポイントプログラムで統合されているのが、大きな魅力になるはずです。

現在、楽天モバイルを利用しているユーザーは、楽天市場での買い物は契約期間中ずっとスーパーポイントが2倍になります。今回、本田選手を起用したCMを始めたキャンペーンとして、今後1年間は、楽天市場だけでなくほかの9事業のサービスを使った際もポイントが2倍になります。

ほかの格安スマホと一緒にしないでほしい

──そのほかに、差別化のポイントはどこですか。

端末の品ぞろえです。ライフスタイルや好みに合わせて、幅広いラインナップの中から選べるのは、他社にない大きな特徴です。品ぞろえという点では、普通の通信キャリアと遜色ないと思っています。

直近では、6月10日にHuawei(ファーウェイ)の「honor6 Plus」を日本の通信事業者として独占というかたちで販売開始しました。これはファーウェイと楽天の共同ブランドとして、大切に日本で育てていくつもりです。

すでにその妹分のファーウェイの「P8 lite(Pエイトライト)」は発売中ですが、価格は税別で3万円以下です。加えて、国産はソニーの「Xperia(エクスぺリア)」、富士通の「ARROWS」、シャープの「AQUOS(アクオス)」といった主要メーカーのモデルをそろえています。

6月10日に販売開始したファーウェイ製の「honor6 Plus」

6月10日に販売開始したファーウェイ製の「honor6 Plus」

今後は、さまざまなベンダーの端末をわれわれが単に販売するだけでなく、もう一歩踏み込んで、共同展開していくつもりです。

単に、「今度こんな新モデルが出ます、いくらで何台仕入れますか」といった数量と価格の交渉だけではなくて、「楽天ならではのアプリをプリインストールしてください」とか「こんな機能を実現してください」とか「一緒に接続テストやりましょう」といったことまでやっていきます。

──ただ、楽天にはハード開発の経験やノウハウは基本的にないですよね。それを育てるのはかなり難易度が高くないですか。

そうですね。端末の世界というのは、全く異次元の世界であることは事実です。ただそれは、店舗開発でも同じです。今、楽天モバイルのショップは、楽天カフェや東北楽天ゴールデンイーグルスのグッズショップに併設するかたちで3店舗ありますが、それもまったく経験のないところから知恵を絞りながら、みんなでワイガヤで進めていっている状況です。

──現在、楽天モバイルに関わるメンバーは何人いますか。

楽天モバイル側は50人程度で、マーケティングとオペレーション系が中心です。一方で、開発など技術面はフュージョン・コミュニケーションズが担っています。フュージョンは約200人ですので、合計で250人程度。決して大所帯ではなく少数精鋭でやっています。

──楽天モバイルのウリは安さではないのですか。

今までのMVNOのビジネスは、いわゆる「格安スマホ」と表現されるように「安いのでこれを使ってください」というパターンでした。しかし、私たちは格安スマホというより、どちらかというと、従来の通信キャリアに近い振る舞いをしていくつもりです。

──「ほかの格安スマホの事業者とは一緒にしてくれるな、俺たちは違うんだ」ということですね。

はい。MVNOは「格安スマホ」と訳されていますが、もっと最適な表現を考える必要があります。やっぱり格安と言った途端に「何らかの制限がある」「ちょっと心配だな」といった間違った認識が世の中に出てしまうおそれがある。

私からすると、決してわれわれは格安ではない。海外から見たら普通の価格帯です。海外の基準からすると、われわれの価格設定でも、標準のクオリティとサービスレベルを提供できます。

低価格で儲かるのか

──楽天モバイルはマーケティングメッセージとして、価格が3分の1になると謳っていますが、なぜこれほど価格が落ちるのですか。

1つ目に、従来の通信キャリアは、全国規模で基地局などの大規模な設備投資をしており、そのコストが消費者に価格として転嫁されています。

2つ目に、店舗のコストです。従来の通信キャリアのショップは、全国に何千店舗もあります。一方、楽天はオンライン販売が中心なので、販売コストを削減できます。

ただし、販売については、やはりオンラインだけではかなり対応範囲が限られます。また、今のSIM発行のルールでは、通信キャリアのスマホ契約をオンラインでMVNOに移行する場合、1日程度通信が使えなくなってしまう。そういった利便性を考えた場合、やはり実店舗が必要になります。それに加えて、端末は実際に触ってみないと、その価値がわかりにくい。

──ただ、実店舗はまだ3店舗しかありません。

それを10店舗にまで増やします。ただ、50店舗や100店舗にまで拡大することはありません。

少数の実店舗とCMの組み合わせが、マーケティングの核となります。店舗の形態も非常にこだわっています。二子玉川の楽天カフェを訪れるとわかりますが、従来のモバイルショップとは一線を画すデザインになっています。今後の展開が決まっている地域などでは、より斬新な楽天モバイルのショップをオープンするつもりです。

渋谷の「楽天カフェ」店内の様子。スタッフが楽天モバイルのサービス内容を丁寧に説明する

渋谷の「楽天カフェ」店内の様子。スタッフが楽天モバイルのサービス内容を丁寧に説明する

──家電量販店で楽天モバイルの販売を行うことはあり得るのですか。

可能性はあります。実際、honor6 Plusを出してから、数多くの量販店やモバイルショップから、「ぜひ一緒にやりましょう」と声をかけてもらっています。そこは慎重に検討しながら進めていきます。

──楽天モバイルが安いことはわかるのですが、格安スマホの競争が激化する中、十分な利益は出せるのですか。

もしかしたら、他のMVNO事業者とは違うのかもしれませんが、私どもは通信事業の成果を、単に楽天モバイル事業単体のARPU(ユーザー1人当たりの月間利用料)では測っていません。

むしろ、楽天モバイルのユーザーが増えることによって、楽天グループ全体のARPUにどれだけ貢献できるか。具体的には、楽天市場や楽天トラベルの売上高がどれだけ伸びるかという点も含めて、ビジネスを判断していこうと考えています。

端末というエンドポイントを持つメリット

──スマホシフトが加速する中で、最初のタッチポイントであるスマホ、端末を抑えるというメリットは予想以上に大きいのではないですか。

大きいと思います。

今まで楽天のひとつの強みは、楽天市場やトラベルなどのさまざまなサービスがあって、それを共通のサービス提供基盤で支えていることでした。

そこに楽天モバイルが加わることによって、サービスのプラットフォームとしてだけでなく、デバイス、エンドポイントのところでもユーザーとの接点ができる。ある意味、サービス提供側とデバイス側の両方から挟み込めるわけです。

こうしたサンドイッチ型のモデルは、今後のインターネットサービスの貴重なビジネスモデルになるのではないでしょうか。

──端末を抑える狙いとしては、アマゾンやフェイスブックがスマホを出して、ユーザーとの接点をサービスからデバイスにまで広げた動きと似ていますか。ただ、両社とも、スマホ戦略では失敗しています。

失敗とまでは断言できないと思いますが、非常に苦労していることは確かでしょう。

やはり、そこで重要になるのはユーザー視点です。ユーザーに何が提供されるのかについて、ユーザーがしっかり理解しないと響かないと思います。やはり日本独自のおもてなしの精神を持って、ユーザー視点でうまい仕組みを考えていかないといけません。あまりに離れているビジネスを無理やりくっつけても難しい。

楽天の場合は、楽天モバイルとその他の事業が自然とつながってくるので、点と点が線で結べるはずです。他社に比べると、デバイスとの距離が近いのではないでしょうか。

──楽天モバイルの顧客ターゲットはありますか。通信キャリアと同じように、全セグメントを狙うイメージですか。

はい。ただし、ターゲットがないということではなく、ちゃんとユーザーセグメンテーションはできています。そのセグメンテーションに基づいて、最適の端末や付加価値サービスをそろえていきます。われわれの端末のポートフォリオ、サービスのポートフォリオを考えると、かなり広い範囲のユーザー層をカバーできるはずです。

将来は、自ら通信キャリアになる可能性も

──最後に、2020年に向けて、今の通信業界をディスラプトするために一番大事だと思うことは何ですか。

まずは、MVNO事業体そのものが、日本の通信産業の主流になっていく必要があります。今、総務省が非常にMVNOをバックアップしてくれていますし、安倍内閣の競争戦略、成長戦略の中にもMVNOは取り上げられています。

当面は、MVNOの事業者同士が事業者間で協力し合いながら、もっと規制改革に対して声を上げていかなければなりません。MVNOが普及したら、今度はお互いがフェアな競争をすればいいのであって、今はMVNO同士で競争する段階ではないと思います。

──もしMVNOが一般的になって、楽天モバイルの契約数が1000万、2000万、3000万と増えていったとき、どんな戦略的可能性が生まれるのでしょうか。

そのときにはもしかしたら楽天自身が、キャリア事業を堂々とやっているのかもしれません。

──MNOになるということですか。

ええ。最後はやはりSIMカードや全国のネットワーク網も含めて、そこまできっちり持たなければ、安さと柔軟性を同時には実現できません。結局、規模の原則でスケールとの見合いになりますから。

契約数が2000万、3000万と増えていったときは、ネットワーク網を借りるよりも、むしろ自分でネットワーク網を持ったほうがいいとなるかもしれません。

(写真:福田俊介)

*NP特集「2020年のモバイル」は、明日掲載の「トーンモバイル・石田宏樹社長インタビュー」に続きます。