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第2回:求む、一芸選手

最高の若手育成は「実戦」。若鷹エース武田翔太を生んだ三軍制の思想

2015/7/8

球界唯一の本格三軍制

福岡ソフトバンクホークスはただ今、国境を飛び越えて韓国に遠征中である(7月8日現在)。

え? そんな試合は日程に載っていない。ほとんどの読者は首をひねるはずだ。よほどコアなファンでもない限り、ご存じないだろう。では、コチラをご覧いただきたい。

「三軍試合日程・結果」──ホークスは球界で唯一、本格的な三軍制を採用しているのだ。

三軍は年間90試合消化

他球団では広島東洋カープにも三軍は存在するが、それはいわゆるリハビリ組であり、三軍単体で試合を行うことはない。

また、読売ジャイアンツが「第2二軍」を2011年に立ちあげたが、わずか2年で廃止となった。ホークスも巨人と同時期に「三軍」を設立した。今季で5年目を迎えている。

球界唯一であるため、リーグ戦など公式戦を戦うことはできない。そのため主な対戦相手は独立リーグの「四国アイランドリーグplus」をはじめ「ルートインBCリーグ」、もしくは社会人野球チームや大学の野球部となる。

そして時折、日本野球機構(NPB)球団の二軍と練習試合を組むほかに、年に2回の韓国遠征を実施しているのだ(2012年より)。昨年度実績では年間92試合(中止試合も含む)が組まれており、今季も同規模が予定されている。

育成選手制度を最大限に活用

三軍を設立した背景には「育成選手制度」がある。2005年の導入以来、ホークスは計37人を育成ドラフトで獲得してきた。途中入団や支配下登録からの育成契約も含めれば、50人以上の育成選手と契約を交わした実績がある。

そもそも育成選手制度は、2000年頃から社会人野球チームの廃部が相次ぐ(1998年142チーム→今年86チーム)などしたため、野球選手の裾野の狭まりへの対策、将来有望な若手選手を育成するとの観点が始まりとなっている。

「将来有望な若い選手にユニフォームを着る機会、そして実戦出場のチャンスを与えられる。その意味でホークスは野球界に大いに貢献していると言えますよ」

そう語るのは、ホークス三軍を率いる小川史三軍監督。ホークスの選手保有数は他球団に比べて圧倒的に多く、現在89人が在籍(うち育成選手が21人)している。

2番目に多い巨人の81人、3番目の東北楽天ゴールデンイーグルスの78人を除けば、残りの9球団は支配下登録枠上限の70人前後である。最も少ない千葉ロッテマリーンズは66人しかいない。

2010年育成ドラフト4位の千賀滉大は2013年、中継ぎとして51試合に登板

2010年育成ドラフト4位の千賀滉大は2013年、中継ぎとして51試合に登板

若手を伸ばす環境づくり

育成枠の活用。そして三軍での実戦機会。実はこの後者がミソなのだ。

「1年目は体づくり」──特に高卒ルーキーからよく聞かれる言葉だ。

プロ野球は二軍も競争の世界。二軍は別名「ファーム(牧場)」と言われ、選手育成の場と捉えられるが、限られた一軍ベンチの枠を争う場でもある。結果を残せなければ、二軍でも試合に出続けることは難しくなる。

しかし、小川三軍監督は「練習だけで選手の能力を伸ばすのは難しい」と話す。

「もちろん基礎的な体力や技術は必要ですが、何より試合を経験していくことで選手たちのモチベーションが高まるし、責任感も出てくるのです」

今季は二保が台頭

試合がなければ成功体験も失敗経験も生まれない。それは至極当然。ホークスの場合は、三軍があるおかげで、ケガを除けば必ずと言っていいほど実戦出場の機会を与えてもらえるのだ。

かつては三軍でプレーし、その後大きく羽ばたいた若鷹もいる。出世頭は5年目右腕の千賀滉大か。

愛知県立蒲郡高校時代に甲子園出場もなく、まったく無名の選手。ホークスのスカウトは現地のスポーツショップ経営者から情報を聞きつけ、2010年育成ドラフト4位で指名した。

1年目は三軍でプレーし、体力強化と並行して実戦経験も積ませた。すると2年目には二軍で最優秀防御率のタイトルを獲得し、3年目には一軍のセットアッパーに定着。オールスターゲームにも出場するほどの投手に大成長を遂げた。

今季は先発再転向し、将来のエースとなるべく二軍でじっくりと鍛えているところだ。

また、パ・リーグ6月度月間MVP(投手部門)に輝いた武田翔太も1年目は三軍で投げていた。中継ぎで5勝1敗(7月6日時点)と活躍している二保旭も育成枠出身の投手である。

キレのあるストレートと落差の大きなカーブを誇る武田翔太は今季、初のオールスター出場メンバーに選出

キレのあるストレートと落差の大きなカーブを誇る武田翔太は今季、初のオールスター出場メンバーに選出

甲子園V投手が復活へ

現在のホークス三軍で、“先物買い”したくなる若鷹も紹介したい。

島袋洋奨は知名度バツグンの新人選手だ。興南高校(沖縄)時代に甲子園で春夏連覇を成し遂げたエース左腕である。

だが、中央大学進学後に肘を故障し、その後制球難にも陥ったためにプロの評価は急落した。それでもホークスは5位で指名。今もまだ本来のピッチングは取り戻せていないが、三軍では登板を重ねながら不振脱却を目指しているところだ。

ちなみに成績(7月3日まで)は11試合で0勝1敗、防御率10.80。13回3分の1を投げて21与四球。正直、二軍ならばマウンドに立つ機会は難しく、三軍があるからこそ実戦の中で学ぶ機会が与えられていると言っていい。

興南高校3年時に沖縄県勢初の春夏連覇に導いた島袋洋奨は、三軍から台頭を目指す

興南高校3年時に沖縄県勢初の春夏連覇に導いた島袋洋奨は、三軍から台頭を目指す

主砲候補をじっくり育成

高卒新人のいずれも育成選手だが、幸山一大と金子将太も楽しみだ。幸山は「日本一小さな自治体」である富山県舟橋村の生まれで、高校時代は無名ながら球界日本人外野手で最高身長の191cm、体重93kgの恵まれた体格を持つ将来のスラッガー候補。

ホークス入団後の初実戦の第1打席ではいきなり本塁打をかっ飛ばした。高卒の長距離バッタータイプは育成に時間がかかると言われるが、今は結果を気にせずに、小さくまとまることなく大きくバットを振ってほしい。ちなみに余計な情報だが、「日本ハムの大谷翔平にそっくり」とも話題になったことがある。

金子は高校通算35発&50m5秒7の俊足が武器。本人も「欲張りかもしれませんが、足はイチロー選手(ちなみに若手時代は50m5秒7~9だったとか)、打撃は柳田(悠岐)選手(ソフトバンク)のような選手になりたいです」と大志を抱く。

ここまではよくある話なのだが、この選手の何がすごいかというと、大間々高校(群馬)時代は公式戦で3年間1度も勝てなかったということ。どの大会も1回戦負け。そんな高校からプロ野球選手が出ること自体が驚きである。

将来の主砲候補として期待される幸山一大

将来の主砲候補として期待される幸山一大

「ホークスだから獲得できた」

小川三軍監督は、かつてホークスの編成を務めていたときにアマチュアスカウトも行ったことがある。小川三軍監督いわく「彼らはホークスだから獲得できた選手」だという。

「限られた枠の中では、思い切ったドラフト指名は難しい。ある程度の実績や三拍子そろった選手などの条件をクリアしないといけない。でも、ホークスは『投手ならば球速、野手ならばパワーや俊足など、一芸に秀でた選手』『実績がなくても能力重視』など幅広い選択肢の中から指名することができます」

「もちろん全員が花開く世界ではありませんが、まずはプロのユニフォームを着ることが大変なわけですから。あとは自分の努力次第ですよ。もちろんわれわれ指導者も必死にやっていますけどね」

ホークスと言えば「大型補強」ばかりが先行して目立つ感もあるが、地道な選手育成こそが常勝球団の土台をつくるのだ。

しかし、小川三軍監督は最後にポツリと言った。

「ホークスだけではなく、若手選手の育成は球界全体で取り組むべき問題だと思います。韓国に遠征に行くと、向こうでは三軍制を採用しているチームが複数見られますし、球団施設もかなり立派で練習環境も充実していて驚きました。日本より上かもしれません。力の差も徐々になくなっていると実感しますし、日本もチーム単位でなく、球界として考えるときが来ているのかもしれませんね」

(取材・執筆:田尻耕太郎、写真提供:SoftBank HAWKS)

<連載「ソフトバンクホークスのダントツ経営戦略>
プロ野球では読売ジャイアンツが長らく「盟主」とされてきたが、現状をよく見ると、実質的にその座を担っているのは福岡ソフトバンクホークスだ。売上高は12球団トップで、選手への年俸総額も球界最高。三軍制を敷く独自メソッドで自前の若手選手を育て上げ、12球団随一の戦力で白星を重ねている。ソフトバンクホークスが強いのは、親会社の資金力だけではない。卓越した経営戦略について、福岡在住ライターの田尻耕太郎が隔週水曜日にリポートする。