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「半自動走行カー」メルセデスS550に見る自動車の未来

今後20年、クルマの世界に”月面着陸”に等しいことが起きる

2015/7/8
自動運転技術と電気自動車の登場で大転換期にある自動車業界。高級車のリーディングカンパニー、メルセデス・ベンツの幹部は、「自動車と輸送システムは今後20年間に、過去75年間を超える変化を遂げる」と断言する。ニューヨーク・タイムズの名物コラムニストが、ベンツの「S550」に乗車した体験をもとに、自動車の未来を描く(NP特集「モータリゼーション2.0」特別版)。

車を所有するという概念そのものが消える?

数週間前のある晴れた朝。私はメルセデス・ベンツの「S550」セダンの運転席に座った。前部座席はマッサージ機能付き、後部座席はリクライニング可能で、戦闘機のコックピットにありそうなヘッドアップディスプレイやいくつものスピーカーも搭載されている。

価格は13万6000ドル(約1680万円)で、こんな車にふさわしいのはラップ音楽のスターか欧州連合(EU)の高級官僚といったところだが、私は(少なくとも今のところは)そのどちらでもない。

さて、私はこれから未来──S550に搭載された、自動車の未来とも言うべき(ただし現時点でもカネさえ積めば手に入る)さまざまな技術について書こうと思う。

The future of driving is in many ways already here, and the changes are coming fast and furious.

自動運転の未来はすでに近くまで来ている。技術は爆発的なスピードで進化を遂げる(Bob Scott/The New York Times)

何十年も昔から、人は自動運転車が走る未来を語ってきた。近年ではグーグルをはじめとする企業が、実用化に向けたテストを行っている。

その中でも、S550はさまざまなかたちで、車の未来がすぐそこまで来ていることを示している(S550の自動運転機能の一部はキャデラックやボルボ、テスラのモデルSといった高級車にも搭載、もしくは搭載される予定だ)。そして、車が誰もが驚くほどのペースで進化を続けていることを。

自動車や自動車を使った輸送システムが急速に変化している証拠は、すでに実用化された半自動運転車だけではない。インターネットとスマートフォンのアプリを使った「Uber(ウーバー)」のような配車サービスや相乗りサービスの台頭により、車を所有するという概念そのものが揺らいでいる。

専門家によれば、そうした変化が特に目につくのは都市部になるかもしれない。都市部では技術の進歩により、さまざまな選択肢が生まれているからだ。アプリを使ったカーシェアリングや相乗り、車の自動運転機能や自動駐車機能、新たなかたちの短距離輸送サービスやスマホで予約して乗る相乗りタクシーなど……。

道と自動車の両方に据え付けた通信システムとセンサーにより、インテリジェント道路の可能性は開けつつある。一方で太陽光発電のような新しいエネルギーシステムが、自動車の環境コストを変えつつある。

技術の進歩により、燃費に優れた電動自転車や電動スクーター、転倒しないオートバイといった新たな短距離移動の手段も生まれている。

予想外のものがあっという間に実現

「自動車と輸送システムは今後20年間に、過去75年間を超える変化を遂げるだろう」と、メルセデス・ベンツUSAの製品管理部門を率いるM・バート・ヘリングは言う。

「われわれが10年前にやっていたことと、50年前にやっていたことの間には、大した違いはなかった。車は確かに快適になったが、基本的にはガソリンを入れてどこか行きたい場所に行くものだった。(だが)これから20年の間には、月面着陸にも等しいことが起きるだろう」

自動車業界ではヘリングをはじめ多くの人が、私たちは輸送システムの転換点に立っていると言う。そう遠くない未来、乗り物は今より安価かつ便利に利用できるようになるかもしれない。もしかすると、より安全に環境にも優しくなるかもしれない。

だが、近未来の輸送システムは、法的に複雑な問題をはらむ可能性がある。公共交通機関ではない輸送サービスの利用が増え、格差の拡大を招く可能性もある。

また、ほかのテクノロジー産業分野と同様に、変化の動きに規制当局や社会規範がついていけない可能性もある。

「完全な自動運転車のように、私たちが実現目前だと思っていることでも、実際には長い時間がかかるかもしれない」と、サウスカロライナ大学法科大学院のブライアント・ウォーカー・スミス准教授は言う。新しい輸送システムがスミス准教授の研究テーマだ。

「その一方で、予想外のものがあっという間に実現する可能性もある」

S550を例に取れば、未来への第一歩と言えるのが、メルセデス・ベンツの言う「ステアリングアシスト付きディストロニックプラス」だ。

これはクルーズコントロールの進化形とも言うべき機能で、レーダーとカメラを使い、車線からの逸脱を防ぐとともに、先行車との安全な距離を維持し、道路状況に合わせて自動的にブレーキをかけたりハンドルを切ったりする。これにより高速道路上では自動走行に近いかたちで運転ができるわけだ。

もっとも、だからといって運転席で居眠りしてもOKということにはならない。

たとえば急ハンドルは切れないし、運転以外のことに気を取られていいわけでもない(そう言われても実行は難しいが)。ハンドルから手を10秒以上離すと警告音が鳴り出す。

人工知能が支えるシステム

それでも運転する側の負担はかなり軽減される。S550がブレーキやハンドル操作などの大きな判断の大半を肩代わりしてくれたおかげで、渋滞中も安心してツイッターの新規メッセージを見ることができた。

また、車が中央分離帯に向かって突っ込んでいきそうになったり、先行者が急ブレーキを踏んだりといった緊急事態にも、S550は自動的に対応してくれるという。

もっとも、私は幸いにしてこうした機能を試す機会には恵まれなかったが。

自動車や輸送システムの急速な変化を支えている技術と、それ以外の分野に大な変化をもたらしている技術に大きな違いはない。どちらもカギとなっているのはセンサーとスマートフォン、そしてソフトウェアだ。

車や道路などに設置されたセンサーが集めたデータのおかげで、自動車は周囲の車の動きや道路状況を把握できる。一方、スマホは人間の行動を追跡する。ウーバーのような企業にとっては、料金徴収や効率的な配車を行うための武器だ。

また、リープ・トランジットのようにアプリを使った豪華な通勤バスを運行している企業にとっては、スマホは運行ルートでの需要を測るのにも役立つ。

そして、ソフトウェアはセンサーとスマホをつなぐ役目を果たしている。

輸送システム全体がネットとつながれば、車や携帯電話やクラウド上にインストールされた強力なソフトウェアがデータを分析し、リソースを常時、再配分し、緊急事態の発生がないか監視し、もしもの時は即座に対応を打ち出す。

「システムのあらゆる段階に(人工)知能が加わっていく」と語るのは、スタンフォード大学のスティーブン・ヘック研究員だ。ヘックはスマート輸送システムのもたらす利点について説いた本『リソース革命』を昨年、マッキンゼーの経営コンサルタント、マット・ロジャースとともに上梓した。

この問題を研究している多くの人々と同様に、ヘックとロジャースも自動運転やインテリジェント道路などの先進技術により、車は今よりもはるかに安全になり、効率もアップすると主張する。

(執筆:Farhad Manjooコラムニスト、翻訳:村井裕美、写真:Jason Henry/The New York Times)

(c) 2015 New York Times News Service

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