日本の企業経営の特徴とは?
中小企業の付加価値経営 #010
国民経済計算(SNA)から見た企業活動を国際比較してみると、日本企業の経営や投資の特徴が見えてきそうです。
1. 国民経済計算と企業会計の類似性
GDPの計算で知られる国民経済計算(SNA: System of National Accounts)ですが、企業活動についても国際的に統一された枠組みとして様々な指標が記録されていますので、国際比較が可能です。
今回は、国際比較によって日本の企業経営の特徴を可視化してみたいと思います。
年功序列や終身雇用などを差して「日本型経営」と言われる事もありますが、経済統計的な目線で見たらどのような特徴があるのでしょうか。
まず、前回ご紹介した国際的な経済構造の体系である国民経済計算(SNA)と、企業会計の損益計算書との類似性についておさらいしてみましょう。
色々と相違点はありそうですが、概ね似たような構造と意味を持っている事がわかりました。
国民経済計算のうち所得・支出勘定を損益計算書と対比させて表現すると、次のような構造となっています。
上の段が、国民経済計算による企業の所得支出勘定をまとめたものです。
産出額から中間投入を引いて付加価値が生まれ、各主体に分配され、企業側に残ったものが営業余剰(純)です。
そこから財産所得が足し引きされて第1次所得バランスとなり、更に再分配を経て貯蓄(純)となります。
同様に下の段が、一般的な損益計算書の流れです。
売上高から、売上原価と経費を引いたものが付加価値で、更に人件費や減価償却費、税金を差し引いた残りが営業利益となります。
営業利益に、本業以外の営業外損益を足し引きしたものが経常利益で、そこから特別損益を足し引きし、法人税などを差し引いたのが当期純利益となります。
営業余剰(純)と営業利益、第1次所得バランス(純)と経常利益、貯蓄(純)と当期純利益が対応する関係となっていて、意味としても類似している事がわかります。
数値的にも概ね近い水準であることが、前回の検証でも確認できました。
今回は、この類似性を踏まえた上で、国民経済計算の視点から見る企業活動について、国際比較していきたいと思います。
2. 営業余剰(純)の国際比較
まずは、営業利益に相当する営業余剰(純)について、主要先進国と日本の状況を国際比較してみましょう。
本業の儲けがどれくらいの水準であるかを比較する事になります。
比較方法として、人口1人あたりのドル換算値(為替レート換算)と、対GDP比で見ていきます。
(本来は非金融法人企業の雇用者数1人あたりとしたかったのですが、データが出揃っていなかったため人口あたりとしています。)
上図が企業の営業利益に相当する営業余剰(純)について、人口1人あたりのドル換算値の推移となります。
日本(青)に注目するとバブルの発生した1985年以降1990年代後半まで相対的に高い水準が続きましたが、その後は他国と同程度で推移しています。
近年では円安傾向もあり、フランスと同程度で、主要先進国の中では水準が小さい方となっています。
上図が企業の営業余剰(純)について対GDP比の推移です。
日本は1990年代まで高い水準でしたが、1990年代中盤からは概ねイギリスと同程度、ドイツや韓国より低い水準となっています。
日本の企業の営業利益は、近年では他国並みかやや低い水準と言えそうですね。
3. 貯蓄(純)の国際比較
続いて、当期純利益に相当する貯蓄(純)ではどうでしょうか。
貯蓄に至る前に足し引き去れる財産所得には、株主への配当金も含まれますので、貯蓄(純)は純粋な当期純利益というよりは、むしろ法人企業統計でいうところの社内留保に近いものと捉えた方が良いかもしれません。
当期純利益 = 社内留保 + 配当金
上図が企業の貯蓄(純)の人口1人あたりのドル換算値です。
日本は1990年代後半以降、相対的に高めの水準が続いている事になります。
営業余剰(純)ではやや低めですが、貯蓄(純)では高い水準という事です。
つまり、本業の利益は他国並みだけど、最終的な利益では儲かっているという事になります。
上図は企業の貯蓄(純)の対GDP比ですが、1人あたりのドル換算値と似たような傾向です。
やはり、近年の日本の水準は相対的に高い状況が続いたようです。
4. 財産所得の国際比較
日本企業は「稼げないけど儲かる」ように変化したというのは、以前からお伝えしてきましたが、国際比較してみてもその傾向が確認できました。
近年儲かるようになったのは、対外直接投資からのリターンが増えている事が大きいようです。主に海外子会社からの配当金、金利収入、再投資などが該当します。
これは、財産所得(企業会計で言えば営業外収益)という項目となります。
財産所得は、受取側と支払側の両面で計上されますが、今回はその正味(受取-支払)の金額についてご紹介しましょう。
支払側は、株主への配当金も含まれると思われます。
また、国内企業同士の財産所得は相殺されることになります。
上図は財産所得(正味)について、人口1人あたりのドル換算値の比較です。
日本(青)は非常に特徴的な推移をしているのがわかりますね。
基本的に各国ともマイナスとなっていますので、受取よりも支払の方が多い状況です。
日本は、1985年のバブル発生から1990年代中盤にかけてマイナス額が大きくなり、その後は急激に収縮していき、2022年ではほぼゼロです。
他の主要先進国の企業は支払いが大きく超過していて、それが貯蓄(純)にも相当影響している事が読み取れます。
一方で日本の企業は財産所得の支払が少なく、正味では他国のような負担が少ないため、営業余剰(純)では他国並みでも、貯蓄(純)では相対的に大きな水準となっていると考えられます。
日本企業の特徴の1つが、この不均衡な財産所得による利益の嵩上げが挙げられそうです。
これは、日本企業の直接投資の不均衡と符合する傾向ですね。
日本企業の対外直接投資は活発ですが、他国企業の日本への対内直接投資はほとんどありません。
他国は双方向的です。
その違いが、この財産所得にも良く表れているようです。
5. 貯蓄(総)の国際比較
貯蓄(純)は、貯蓄(総)から減価償却費に相当する固定資本減耗を差し引いた数値です。
実は、固定資本減耗まで含んだ貯蓄(総)を見ると、日本企業の「儲け」の印象が大きく変わります。
上図は企業の貯蓄(総)の人口1人あたりの推移です。
固定資本減耗まで含めると、日本の企業は非常に高い利益水準が続いてきたことになります。
これは、固定資本減耗を加えた営業余剰(総)についても同様です。
貯蓄(総)の対GDP比を見ても、日本は韓国と同様に高い水準が継続しています。
日本や韓国では、固定資産の減耗分まで含めると儲けが大きい事を示しています。
つまり、たくさん固定資産に投資をしていて、それらを使いながら稼いでいるような状況になるわけです。
筆者も多くの統計データを見てきた中で、実はこの固定資産偏重の事業観が日本企業の特徴なのではないかと感じています。
言い方を変えれば、設備などの固定資産による事業ばかりになっていて、本来的な労働者による付加価値をしっかりと稼げていないのではないかという事です。
投資による労働生産性向上の効率が低いという言い方もできるかもしれませんね。
固定資産の内訳としては、製造業とも関連の強い機械・設備も高い水準ですが、それ以上に工場や施設などのその他の建物・構築物がひと際大きな割合を占めます。
資産運用としての不動産投資という側面が大きいかもしれませんし、建設コストが割高という可能性もあるかもしれませんね。
6. 固定資本減耗の国際比較
次に、固定資本減耗の水準を国際比較してみましょう。
上図が企業の固定資本減耗の人口1人あたりの推移です。
日本だけ明らかに突出した水準が続いている事が確認できますね。
近年になってアメリカやドイツ、カナダに追いつかれているような状況ですが、それまでは圧倒的です。
対GDP比で見ても突出しています。
固定資本減耗がこれだけ大きいという事は、反対側で投資である総固定資本形成も大きいという事を示唆しています。
(1994年に極端に増加しているのは、SNAの基準変更による影響と考えられます。1993年以前からももっと水準が高かった可能性が示唆されます。)
7. 総固定資本形成の国際比較
続いて、企業の事業への投資にあたる総固定資本形成についても見てみましょう。
総固定資本形成は、機械・設備や住宅、その他の建物・構築物、知的財産生産物(コンピュータや研究・開発など)などの固定資産への投資です。
上図が企業の総固定資本形成について人口1人あたりの推移です。
やはり日本が圧倒的な水準が続いてきたことになります。
近年になってアメリカや韓国に抜かされ、ドイツと同程度となっています。
対GDP比で見ても、日本は韓国に次いで大きな水準ですね。
日本では投資が増えていない事が問題視されがちですが、少なくとも企業においては投資は高い水準で高止まりが続いているという解釈になりそうです。
投資が明確に増えているわけではないけれど、相対的に見れば他国に比べて高い水準が続いてきたという事ですね。
ただし、近年では金額で見れば他国にキャッチアップされてきたという事になりそうです。
対GDP比では相変わらず高い水準ですので、投資がうまくGDP(付加価値)の向上に結び付いていない傾向は変わっていないようです。
8. 純固定資本形成
最後に、総固定資本形成から固定資本減耗を差し引いた純固定資本形成についても国際比較してみましょう。
純固定資本形成 = 総固定資本形成 - 固定資本減耗
純固定資本形成がプラスだと固定資産への投資が減耗を上回り、資産残高が増えることを意味します。マイナスだとその逆ですね。
上図が純固定資本形成の人口1人あたりの推移です。
日本は2000年頃までは他国よりも非常に大きな水準となっていて、固定資産が大きく蓄積されてきた事になります。
一方で2000年ころからは他国並みか、他国を下回る水準で推移しています。
つまり、投資も多いけれど、減耗する分と相応する水準が続いているという事ですね。
対GDP比で見るとその傾向は一層明確です。
筆者の実際の事業経験からすると、このような事から言えそうなことは、日本の企業活動は投資が多い事による供給過剰な状況が続いたのではないだろうかという仮説です。
特に1998年から2013年まではデフレが続いたわけですが、相対的に企業の投資が多かった時期とも一致し、供給能力が過剰であった事が窺えます。
高付加価値品よりも、安価で大量な生産を指向してきた様子が、ここからも読み取れるのではないでしょうか。
9. 日本企業の特徴
今回は、国民経済計算の視点から見た、企業活動の国際比較をしてみました。
時系列的な推移を見ると、日本企業は主要先進国の中で次のような特徴がありそうです。
・ 本業の儲けである営業余剰(純)は平均並みかやや少ない
・ 最終的な利益となる貯蓄(純)が多い
・ 近年では本業以外の財産所得が多い
・ 相対的に高い水準の投資が続いていて、固定資本減耗による負担が大きい
最後のポイントは、実際の企業経営をしている人は実感もあるかもしれません。
投資による減価償却費の負担は非常に大きいですね。
そして、既に投資したものについては、無かった事にはできません。
その投資を活用した事業で付加価値を稼いでいく事になります。
少し供給が足りない分野で、適正な投資や工夫をしながら稼ぎを増やしていくのが事業の本来の姿と思いますが、日本の場合は先に大きく投資をしてしまう傾向があるのかもしれません。
その結果、減価償却費の負担が重く、供給過剰な状態が続いている事になります。
とても興味深い特徴なので、いずれ更に深堀してみたいと思います。
今回の国際比較から示唆を得るのであれば、投資はもちろん重要ですが、それ以上に固定資産にばかり依存しない仕事を作り出す事も必要と言えそうです。
他の主要先進国は、投資は日本より少ないのに、生産性(特に労働時間あたりGDP)は日本よりもかなり高い水準に達しています。
労働生産性と給与水準は連動しますので、日本の平均給与は他の先進国と比べてかなり低い水準という事もご紹介しました。
かなり高い投資が続いてきた割に、肝心な付加価値や給与が上がらなかったという事になりそうです。
働き方や高齢化などの要因だけでなく、仕事の在り方や考え方そのものに違いがあるのかもしれませんね。
コメント
注目のコメント
国民経済計算のデータは特定の企業ではなく、日本国に所属する企業全体の企業規模に応じた加重平均という位置づけで、経済全体の俯瞰的指標です。まずは確認していただいた上でないと、理解出来ないと思います。大変な労力をかけてまとめられたデータ群であり、学術的価値の高い素晴らしい内容と思います。
そのうえで、投資が多いのに利益率が悪いという点も記載の通り(付加価値が低いものに執着)だと思います。加えて、この経済指標に出ない点で重大な問題が存在しているような気がします。
それは「教育投資」で、税金からの投資額は先進国グループで最低レベルです。つまりは国は先進人材の育成に興味がなく、従順な働き手の育成だけは優れているように見えます。少なくとも他の先進国と比べれば明らかにそうです。
そこで、今後高等教育の無償化をやりそうな機運が高まっていますが、教育の出口の質の確保についての議論は、皆が避けていると思えます。ここに国のコントロールがほとんど入っていないので、特定カテゴリー(それも大きな人口比率を占める領域の大学)がレジャーランド化しています。そこを放置しての大学の学費無償化など、目的意識を持たない学生を増やすだけの愚策に見えます。出口での質の確保は、他の先進国では当然のことですから、合わせて実施が望ましいと思います。
現在の労働付加価値の低下、すなわち給料が上がらない原因の1つは、安価でも働く労働力の増加により、給与が増えないことが挙げられますが、特定カテゴリーの学生のアルバイト時間はかなりの時間数にのぼっていることの悪影響を、そろそろ取り上げるほうが良いのではないかと思います。GDPで知られる国民経済計算(SNA)は、企業活動についても国際的に統一された枠組みで統計データが集計されています。
営業利益や、当期純利益、投資などに相当する項目を、人口1人あたりと対GDP比で国際比較してみました。
日本企業は営業外収益が多く、当期純利益(社内への留保)が多い特徴がありそうです。
また、投資が相対的にかなり多い時期が続いていて固定資産が蓄積しているため、その減耗分の負担が大きいという特徴もあります。
その割に労働生産性が低く、投資がうまく付加価値向上に生かせていない状況を窺わせます。小川さん
いつも素晴らしい分析!
労働生産性を高めて、その結果を人にフィードバックしていく循環を作らないと厳しい気がしますね。
固定資産ではなく、人の生産性も高めるデジタル活用とかが必要なのだと思います。