勝者1人目:大菅小百合(第1回)
ビッグマウスの真意は、不安と重圧のコントロール
2015/7/6
スポーツほど、残酷なまでに勝敗のコントラストが分かれる世界は珍しい。練習でストイックに自分を追い込み、本番で能力を存分に発揮できて初めて「勝者」として喝采を浴びることができる。アスリートたちは一体、どのように自身を高めているのか。陸上男子400メートルハードルの日本記録を保持する為末大が、毎月トップ選手を招いてインタビューする新連載。1人目は、女子スピードスケートで2度の五輪出場を果たし、500メートルで日本人女子初の37秒台を記録した大菅小百合。勝者になるための7条件、そして為末大の総括を8日間連続でお届けする。
2001年に行われたワールドカップ・ソルトレークシティー大会で、私はスピードスケート女子500メートルで日本人として史上初めての37秒台を記録しました。
実は渡米する前、成田空港で報道陣にこんなことを言っていたんです。
「日本記録、出してきます!」
あえて自分からそう宣言したのは、周りからプレッシャーをかけられるのが本当に嫌だったからです。
自ら言葉にして、有言実行
オリンピックや世界選手権になると、報道陣は「メダル獲ります」という言葉を選手に期待してきます。そういう空気の中で、その通りの言葉を口にするのが本当に嫌でした。だからといって「メダル獲ります」と言わないと、質問の流れで言わせようと誘導してくるんです。
それならば一層、自分で言っちゃえと思いました。自ら言うことで、周りの雰囲気も変わるので。
それに「メダル」という言葉を発することで、「言ったからにはやらなければ」と自分自身にプレッシャーをかけることになります。自分から言ったほうが、他人にプレッシャーをかけられるよりまだ楽というか。そんな気がしていたんです。
周りの些細な言葉が重圧に
「プレッシャーを自分でかける」ことを始めたのは、白樺学園高校を卒業して三協精機製作所(現・日本電産サンキョー)に入社してからのことです。
高校のときは、プレッシャーなんてまったく感じたことがありませんでした。
それが社会人になってスケート中心の生活に変わり、「日本代表になって当たり前」「大会で成績を出して当然だ」という環境に置かれて、「やらなければいけない」と思うようになりました。
社内で会社の人とすれ違うたびに「頑張ってね」と言われて、知らない人にも声をかけられるたびに、重いというか、怖いというか、不安という感じがあって。「あっ、何か、やっぱり頑張らなきゃいけないんだな」ってプレッシャーを感じていました。
高校を卒業して、親元を離れて遠いところに来て、1年目。そういう環境になるのはわかっていたんですけれど、嫌だなって感じていたんですね。
自ら目標を言うことで楽になる
でも、それでも自分でやっていかなければいけない。少ししてそう思えるようになったとき、「だったら、自分から大きな目標を言ってしまおう」って考えるようになったんです。
自分を追い込むじゃないですけど、言ったほうが楽だなって。1度ネガティブな感情が芽生えたことで、「それだったら自分から言って、失敗してもいいからどんどんやっていこう」って思えるようになりました。今になって振り返れば、自分の気持ちや不安をコントロールできるようになったのかもしれません。
大事な大会や、記録を狙っていくレースでは、自分からプレッシャーをかけるようにしていきました。周りの「ビッグマウス」という声は、まったく気にならなかったですね。もし周りの声が気になったら、自分から「メダル」なんて言うことはできなかったと思います。
私はもともと、半端じゃなくポジティブ思考なんです。
(聞き手:為末大、構成:中島大輔、写真:是枝右恭)
*続きは明日掲載します。