AIと共存する時代の労働環境と雇用政策
厚生労働省は2024年8月23日、「雇用政策研究会報告書」を公表しました。
日本の労働市場は少子高齢化の影響を受け、大きな転換期を迎えています。2040年には総人口が現在の約9割に減少し、65歳以上の高齢者が全人口の約35%を占めると予測されています。
この急激な人口変動は、労働力人口の減少と労働供給の制約をもたらし、日本の経済成長に大きな影響を及ぼすことが懸念されています。
この状況を打破するために、労働生産性の向上が極めて重要な課題となっています。
雇用政策研究会の報告書では、
① 多様な個人の労働参加
② 新たなテクノロジー等を活用した労働生産性の向上
③ 労働市場のインフラ整備等
という3つの柱のもとで、必要な施策の方向性がまとめられています。
今回はこの中から、② 新たなテクノロジー等を活用した労働生産性の向上
に焦点をあてて解説したいと思います。
生成AIとデジタル技術による生産性向上の可能性
AI、特に生成AIは、さまざまな業務を効率化し、労働者がより高度な付加価値の高い業務に専念できる環境をもたらす可能性があります。
生成AIは膨大なデータを解析し、パターン認識や予測を行う能力に長けており、これにより自動化される業務が増加します。例えば、ルーティンワークの自動化や、複雑なデータ分析の迅速化など、これまで人間が時間を費やしていた業務をAIが担うことで、従業員はクリエイティブなタスクや意思決定に集中できるようになります。
さらに、生成AIの進化に伴い、労働者はこれらのツールから提供されるインサイトを活用し、自らの経験や洞察と組み合わせることで、より質の高い業務遂行が可能となります。こうしたAI技術の活用は、省力化投資とも相まって、日本企業の生産性を飛躍的に向上させる潜在力を秘めています。
AIは単なる自動化ツールではなく、人間と共存することで、労働者がより高い価値を生み出すための重要なサポート役としての期待が高まっています。
労働市場の変革と再教育の必要性
その一方で、新たなテクノロジーの導入は、必ずしもすべての労働者にとって歓迎されるものではありません。
AIや自動化の進展により、従来の職務が消滅するリスクもあり、これに対する再教育や新たなスキル習得の必要性が高まっています。特に中高年層の労働者や、技術変化に対応しにくい職種に従事する人々にとって、技術革新は職場の変化を余儀なくされる厳しい現実となり得るでしょう。
このため、労働者が新たなテクノロジーに適応できるよう、職業訓練の充実や労働市場のインフラ整備が不可欠となっています。
雇用政策研究会の報告書では、労働市場の見える化と労使間の情報共有の重要性を強調しています。
具体的には、技術の変化に伴うタスクやスキルの進化を継続的にモニタリングし、労働者が自身のスキルを見直し、適切な職業訓練を受けられるようなシステムを構築することが求められています。こうした取り組みによって、テクノロジーの進展に伴う雇用のミスマッチを解消し、労働者が新たな職場で活躍できるよう支援する取組が求められています。
AI時代における労使関係の再構築
生成AIやその他のテクノロジーを効果的に導入するためには、労使間のコミュニケーションの深化が重要です。テクノロジーの導入は、単に効率を追求するだけでなく、労働者が安心して働ける環境づくりとも密接に関わっています。
テクノロジーが労働者を置き換えるのではなく、労働者と協働する形で運用されるべきであり、そのためには、企業は労働者の意見を取り入れ、技術導入の影響を事前に共有することが求められています。
また、テクノロジーの導入が進む中で、労働者のエンゲージメントを高める施策も重要です。報告書では、ウェルビーイングに配慮した働き方改革が、生成AIなどの導入と並行して進められるべきだと指摘しています。
テクノロジーによって生まれる労働環境の変化に対応しつつ、従業員の健康や働きがいを維持するための施策が不可欠となっています。
今後の展望
AIや自動化技術は、企業の生産性を向上させる大きな潜在力を持っていますが、同時に、労働者のスキルアップやキャリア形成に対する支援を怠ると、長期的な人材不足や競争力の低下を招くリスクもあります。
企業は、生成AIや省力化投資の導入を通じて業務効率化を図るだけでなく、労働者がテクノロジーに代替されないスキルを身につけるための教育や訓練の機会を提供することが求められています。
また、これに伴う処遇改善やキャリアラダーの構築も重要な課題として取り組む必要があります。企業と労働者が共に成長できる環境を整えることで、日本の労働市場はテクノロジーの進化とともに進化し、持続可能な経済成長に寄与することが期待されます。
日本の労働市場が直面する課題は複雑であり、労働生産性の向上はその解決策の一部に過ぎません。その一方で、生成AIをはじめとする新たなテクノロジーの導入は、その一翼を担う重要な要素であり、今後の日本経済の成長を支える大きな原動力となるでしょう。企業は、この変化に柔軟に対応し、労働者と共に成長するための施策を講じることが求められています。
AIの進展などにより、技術革新が進む中で、労働者が安心して働ける環境を整え、スキルアップの機会を提供することが、持続可能な経済成長に繋がるカギとなります。労働市場の変革は容易ではありませんが、テクノロジーの進展とそれに伴う雇用環境の進化は、私たちが今取り組むべき「すでに起こった未来」の課題であり、未来への希望や展望を抱かせる重要なアプローチとなるでしょう。
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Abstract image of a woman's hand accessing the digital world from the real world./Getty images Entertainment:ゲッティイメージズ提供
コメント
注目のコメント
パーソル総合研究所の多く引用いただきましたが、報告書の内容に特に目新しい論点はありません。申請型・手上げ型の支援をいくら行っても、自発的な意思がない就業者にはなにも届きません。女性への働きやすさ支援をいくら行っても、女性本人の意欲が上がっていません。
・無形資産投資全体への企業のインセンティブ設計や誘導
・女性の「働きやすさ」だけでなく、「意欲向上」のための施策
・遅い昇進慣習の打破のための、サクセッションプラン構築支援
・サードプレイス型のキャリア支援(キャリア・就職を直接に目的にしない)
・雇用施策全般のマーケティング予算拡充
・孤独対策との連携
などが必要だと考えています。AI時代では、労働者のスキルやはたらき方のアップデートの必要性を、労働者個人に促す記事が目立ちますが、今回は労働者を採用している企業に対して、労働者のスキルアップやキャリア形成に対する支援を行うよう促している点が新鮮でした。
AI導入によりそれまでの労働者の役割が不要になったから解雇、と行っていくだけだと、その後会社に残る社員のエンゲージメントにも影響するリスクがあると理解しました。採用する企業もAI導入をして効率化を図ろうということばかりを考えるのではなく、ちゃんと社員ひとりひとりの思いに向き合い丁寧に対応していく必要があるという提案は多くの企業担当者が意識すべきだなと感じました。現在、人口減の激しい地方の中小企業との密接な接点があるため、AIの活用の有効性を理解し、真剣に導入している企業の経営層が極めて限定的なのではと痛感しています。
生成AIの本格的な導入の契機の一つは人手不足です。従って、現在の従業員を生かしながら生成AIも活用するという考えになるのは自然の流れで、その場合、従業員と向き合い、丁寧に説得していかざるを得ないでしょう。
残念なのはそもそも生成AIが他人事だったり、そもそも存在を知らない、理解しようとしていない/興味を持たない経営層がまだまだ多いことです。SaaS系の導入でも都市部と地方の差が大きく出ていますが、生成AIの場合は更に拡大しそうです。