教育界の「お騒がせ男」が受験サプリに加入した理由

2015/7/5
2015年6月、教育界では小さなニュースがあった。それは受験サプリに税所篤快(さいしょ・あつよし)がバイトとして加わったことだ。たったひとりの「バイト入社」がなぜ話題になったのか。実は、税所は、教育界ではその名を知らぬ者はいない社会起業家である。現在、26歳。20歳から世界の教育現場に立ち続けた“若きベテラン”が受験サプリに加わるのは、教育業界ではちょっとした話題だった。

「バングラデシュ版ドラゴン桜」旋風の後は……

税所の代名詞とも言えるのが、大学在学中に立ち上げたNPOのe-Educationだ。世界の教育格差を是正すべく、都市部の有名講師の授業風景をDVDに録画し、教育貧困地域に届けるeラーニング事業である。
中でも、最初に手がけたバングラデシュの貧村からは国内トップであるダッカ大学の合格者を次々と輩出。「バングラデシュ版ドラゴン桜」として一躍脚光を浴びた。その後も各国で電撃的に事業を展開していくe-Educationは、海外メディアの注目も集めるまでになった。
だが、税所は開口一番こう切り出す。
「20歳からの6年間、『最高の授業を世界の果てまで届けたい』と思って突っ走ってきました。今もバングラデシュだけではなく、フィリピンやインドネシアなどで、仲間たちが頑張ってくれています。でも、今から思えば、僕自身、ビジネスのやり方が甘かった部分があって、思うように収益が上がらずに苦しい思いをしました」
事実、「バングラデシュ版ドラゴン桜」以降の税所は、若さゆえの“根性主義”が目立つ。ごく一部の農村の“奇跡”を一気に広げるべく「5大陸で事業をやろう」という理由で、半ば強引にガザ、ヨルダン、ハンガリーなど計15カ国へ進出した。「電撃的」と言えば聞こえはいいが、インパクト重視で現実感はない。
ビジネスの立ち上げも同様だ。多国展開にあたっては1人1〜2カ国を担当する「特攻隊長」と呼ばれるリーダーに任せる。彼らがアルバイトで工面した資金を握りしめ、現地に突入。「全部自分たちでなんとかする」というルールのもと、教育ビジネスを展開させていく。要するに、突破力のある人材に事業を託し、文字通り“ミラクル”を期待するサバイバル戦だった。結局、事業としての継続性が危ぶまれる地域が出てきてしまった。
「他人に頼るしか能がない起業家でしたから、ビジネスの面でも上手くいかない点がありました。バングラデシュでは一躍有名になりましたが、他国では苦戦を強いられました」と振り返る。リクルート加入の経緯は、自らの「ビジネス面の甘さを鍛え直す」という動機も大きいだろう。
NPOのメンバーとともに。

「自分は中途半端なんじゃないか」一路ソマリランドへ

各国の事業の不振が相次ぐうちに、お膝元であるバングラデシュもぐらつき出す。1年目の奇跡を見込まれ、バングラデシュ全土に拡大すべく、ワタミから100万円の出資を受け合同会社を設立していた。だが、約束した事業拡大はほとんどできずじまい。提携を解消され、現地に渡邉美樹会長と桑原豊社長が乗り込むまでの騒ぎになっていた。
「お前に託したカネは俺たちが1杯せいぜい400円とかのビールを売ってやっと稼いだカネなんだ。お前からはその覚悟が感じられない。大学と社会起業家なんて二足のわらじを履いてるから油断するんだ」
居酒屋業界で天下を獲ったワタミの2トップから、徹底的にダメ出しをうけた。「『自分はなんて中途半端なんだ』と痛感させられました」
そこで、思い切って、e-Educationの運営を相棒の三輪開人に託し代表の座を降りた。次なる目標はバングラデシュやヨルダンよりさらに過酷な場所、ソマリランドだ。アフリカ・ソマリア国内の独立地域だが、未承認国家である。
ソマリランドに降り立った税所。
「ソマリランドに行った際に、若者の失業率が6割だということを知りました。これは初等教育をしている場合じゃない。まずビジネスを生み出すことのできる人材を育てるための大学院をつくろうと思って」
今度のパートナーには、税所を高校時代にバングラデシュに導いた、師とも言うべき存在、米倉誠一郎・一橋大学教授が就いた。
講師のアサインやカリキュラムの選定などは順調に進み、わずか6カ月の準備期間を経て、入学式の1カ月前に大学院設立の許可が降りた。国内初となる大学院の設立は、国を挙げた注目ニュースとなり、税所は副大統領とテレビ会見をするまでの有名人になる。
大学院設立に向け取材を受ける税所。

税所に届いた殺害予告

だが、その会見の直後、手紙が届く。イスラム国からだ。「お前の住んでいる場所も、行動も、すべて把握している。確実にお前を殺す」。殺害予告だ。幸いなことに入学式直前に犯人は逮捕されたが、「逮捕された復讐で逆に殺されるんじゃないだろうか」。不安は消えなかった。
入学式の会場で、米倉は税所の背中を叩き、こう叱咤した。「いいか。人生はすべて巡り合わせだ。死ぬときは死ぬんだから堂々としてろ。胸を張れ!」その言葉で税所も腹をくくる。兵士が取り囲む厳戒態勢の中、米倉と税所は入学式を強行した。
大学院開校のセレモニーの様子。
結果、無事に終わったものの、その後のイスラム国の勢力拡大に伴う治安悪化、政府からの厳しい要請や「ソマリランドにいるなら家族の縁を切る」という家族からの強い要望を受け、ロンドンの大学院に“避難”する。
「せっかく上手く進みかけていたのに、テロが頻発するようになり、ソマリランドへの入国を日本政府から止められてしまいました。遠隔操作でしか現地スタッフに指示を出すことができなくなったのです」
eラーニングもうまくいかずじまい。成功しかけたソマリランドもダメ。やることなすことうまくいかない。おまけに入学したロンドンの大学院もなんだか面白くない。いつしか周りの評価は「ビジネスやり散らかし男」となっていた。
「ロンドンの大学院では、ディスカッションばかりで、“現場のにおい”がしませんでした。何だか、机上の空論にしか思えなかったんです。それに、ソマリランドの活動後、次に何をしていいか、わからなくなったこともありました」。思いつめた税所は以前から知り合いだった山口に面会を申し込む。
「山口さん、正直迷っています。大学院もつまらなくて……。助けてください」
山口はこう切り返した。
「そうなのか……。それなら僕から提案がある。受験サプリは春から世界展開するから、東南アジアの最前線など、他国の開拓でもいいから手伝ってよ。やっぱり君には最前線が似合うと思う」
この一言で受験サプリへの加入を決意した。受験サプリで自らに課す課題は明確だ。「自らのビジネススキルを徹底的に鍛え直す」ことのみ。
「今まで世界の教育を見てきたけど、日本の教育現場を直接見たことはなかった。でも絶対に、日本の中にも上手に勉強できずに苦しんでいる生徒は大勢いる。彼らに教育を届けることも、世界の貧困地域に教育を届けることも同じくらい重要なんだと改めて気づきました。そして、リクルートに入ってビジネスのやり方まで身につけたいと思っています」
道が開ければまっすぐ突っ走るのが“税所らしさ”なのである。

教育界の「お騒がせ男」の原体験

現在は、受験サプリの国内営業チームに籍を置く。加入から約1カ月と日は浅いが、日本にいるからこそ過去の挫折の本質が見えてくることもある。それは、e-Educationで取り組んできた事業は、DVDのeラーニングではないということだ。
「結局、教育は人と人なんです。バングラデシュの村でも現地の高校生と僕らが人間的に深く関わっていた。そうするうちに、彼らが『勉強して僕らみたいになりたい』と思うようになった。彼らの心が“発火”したんです。あくまでDVDを子どもたちに見せるのは副次的な要素なんですよ」
バングラデシュからヨルダン、ソマリランドを経て東京へ。幾多の挫折を味わってもなお、教育への思いは揺らがない。税所をそこまで駆り立てるのは自らの原体験だ。
「原点は、東京都の教育格差に疑問を持ったことです。僕が住んでいる足立区は学力も所得も23区の中で一番低い。僕自身も元々は偏差値28の落ちこぼれ高校生でした。ガザやソマリアでは人びとが大変な目に遭っている光景を目にしたけれど、それと同じくらい、日本でしんどい思いをしている子たちは存在する。まずは足元から、そういう子たちの力になりたいと思うんです」。白い歯を見せながら屈託なく語る。
教育界のお騒がせ男、税所篤快。受験サプリの中でも、「何か」をしでかしてくれそうだ。(文中敬称略)
税所 篤快(さいしょ・あつよし)
国際教育支援NPO「e-Education」創業者。ロンドン大学教育研究所(IOE)修士課程在籍。1989年生まれ。東京都足立区出身。2009年、失恋と一冊の本をきっかけにバングラデシュに渡り、同国初の映像授業「e-Education Project」を立ち上げる。4年連続で貧困地域の高校生を国内最高峰ダッカ大学に入学させる。2014年世界銀行本部(ワシントン)イノベーションコンペティション最優秀賞を受賞し、現在バングラデシュ教育省と連携し同国全土への拡大を目指している。仲間たちと五大陸での教育革命を掲げ、7カ国で活動中。早稲田大学を7年かけて卒業、アフリカの未承認国家ソマリランドに活動を広げている。主な著書に『前へ!前へ!前へ!』『最高の教室を世界の果てまで届けよう』
(撮影:遠藤素子)