第3回:日本から世界的なテニス選手はどうすれば生まれるのか
日本人が頂点を極めるには「メンタルの強化」が不可欠
2015/7/4
トップアスリートは神経質
──前回までアカデミーについてお話を聞きましたが、今回からはトップアスリートの資質についてお話を聞きたいと思います。スポーツ心理学者の立場から、佐藤先生いかがでしょうか。
佐藤:一般的に、アスリートを体育会系などと表現して、常に明るく元気で、細かい物事にこだわらないサバサバしたイメージを持たれることが多いわけですが、それは少し違いますね。
私が出会ったトップアスリートは、それとは逆に、神経質で、物事を深く考え、悩み、執念深い……。そんな印象があります。
まるで修行僧のように思えるときもあります。トップアスリートになるためには、乗り越えなければならない課題に対して、さまざまな角度から正しく深く悩み、解決する能力こそがカギだと思っています。
──どういうことですか。
佐藤:スピードスケートの黒岩彰(1988年カルガリー五輪・500m銅メダル)選手の話がとても参考になります。
当時スピードスケートの世界では、ロシア、オランダ、カナダなどの身長2mに近い大型の選手が活躍していました。相手は足も体もとにかく大きい。黒岩選手が3歩で行くところを相手は1ストロークだったりする。
当時の指導者で運動生理学者の前嶋孝(専修大学名誉教授)は、大型ダンプカーの中でチョロチョロ走る軽自動車と表現しているように「これは絶対にかなわない……」と思ったそうです。
普通ならば「これは無理だ!」で終わるところを、彼らは、知恵と創造性を働かせて新しい滑り方を考案したのです。
レールの後ろから追いかけていったら、レールは1本だから絶対に抜けない。だから、抜くためには新しいレールを敷く。人が考えていないレールを自分たちで考え、それで世界一が獲れたのだ、と言っていた。
やはり成功する選手は成功する理由を探すし、失敗する選手はその逆。仮に90%成功すると思っても、10%成功しないと思うと、その10%が自分の中では100%になることもあります。
──なるほど。しかし、批判精神も大事ではないでしょうか。常に楽観視していても勝てないように思います。難しいところですね。
佐藤:賢者は悲観的に準備をして、楽観的に勝負する。愚者は楽観的に準備をして、悲観的に勝負する、という言葉が的を得ています。
ちろん楽観視だけでは駄目です。ネガティブな気持ちを持っていてもいいのですが、勝負するその時その瞬間は、絶対にできるという100%の心意気が必要なのです。
野球選手にも言うのですが、「ネガティブな自分との会話は、打席に入る前に済ませておけ」と。打席に入って「俺は打てない」と自分にマイナスの自己暗示をかけているようでは100%打てません。マイナスの暗示はプラスの暗示よりも何倍も効きますからね。
勝負はいい人であってはダメ
──中村さんにお聞きしますが、シャラポワ選手は非常に強気に見えます。たとえばグランドスラムの決勝戦は、想像もつかないくらいのプレッシャーがあると思います。彼女もナーバスになったり、弱気になったりすることがあるのですか。
中村:もちろんナーバスになると思いますが、それは人には見せません。もちろん試合中もまったく見せません。
──それが強さの源泉でもあるのですか。
中村:そうです。弱気な態度やネガティブな仕草は自分に負ける、相手にアドバンテージを与えてしまうと体験しているからです。
プレッシャーのかかる場面で最も力を発揮するのがマリアです。大切なポイントでは自分を鼓舞する仕草から、負の感情に左右されない自己コントロール能力は超一流選手の共通点です。
練習やトレーニングをするときは、強気のスイッチをオフにしないと指導者との距離が離れてしまうから別です。しかし、試合では常にオンにしておかないといけない。
だから、試合中はブラフ(はったり)をかけ続けます。勝負はいい人であってはダメです。
ちょっとでも弱気になると、仕草だけでも、想像以上のネガティブな力が出てきてしまいますから。そのネガティブな態度がどれほどフィジカルに影響するかは嫌というほど経験しています。
──では、大会中は近づきがたい雰囲気ですか。
中村:それはもうMaxです(笑)。大会が近づくにつれてどんどん口数が少なくなっていく。そして、試合前の練習ではシャラポワ選手やジョコビッチ選手のようなトッププレーヤーはルーティンが完璧に決まっている。
このルーティンをすることで「今の状態で、自分は大丈夫なんだ」と、自信をつくっていくわけです。錦織選手は今、そのレベルに近づいている状態だと思います。
──では、スイッチがオフのときは、どのような雰囲気なのですか。
中村:オフのときは気持ちを切り替え、いろいろなことにチャレンジできる環境づくりを心がけています。たとえばトレーニング方法からルーティンの種類から順番などのバリエーションを増やす方向で接します。
オンは失敗は許されないけれども、オフは試せる大切な時間。お互いチャレンジ精神で挑める瞬間でもあります。シャラポワ選手は、そういうコントロールがとても上手です。
心理的な壁に勝たないといけない
──自分が空間をすべて支配するくらいの気持ちでないと勝てない?
中村:試合でもすべてコントロールをしています。相手はもちろん、コート上にいる審判からボールボーイの位置、客席からフラッシュがたかれたら審判にクレームを言うなど、もう全部支配します。
サービスを打つタイミング、リターンをするタイミング、すべて彼女がコントロールする。トップの選手は皆そうです。そして、相手はそれにのまれる。そういう上下関係をコートの外でもつくりだす。それも実力のうちですね。
──コートの外での上下関係というのは、格の違いを見せつけるということでしょうか。
中村:宿泊のホテルや送迎、練習コートの時間や場所(トップはセンターコートでの練習が可能)など大会側からさまざまな優遇を受けます。そうやってコートに入るわけだから、ラインズマンのコールなども、トップの選手には甘くなってしまうのです。
その怖さ、威圧は、たぶん野球でも一緒で、エース級の投手に対しては、ストライクゾーンが少しだけ広くなったりするでしょう。これはすべてのプロスポーツに共通していると思います。
佐藤:大会のシード選手から自分がファーストセットを6-0で取ったけれど、セカンドセットで4-2くらいになったとき、ふと気づくんです。「ああ、この人に勝っていいのだろうか」と。
そして逆転されて、「ああ、やっぱりな……」と、負けたのにもかかわらず安心するような。だから、壁を破るときは、まずサイコロジカルリミット:心理的な壁(限界)に勝たないといけない。
──相手にのまれないための何かが重要なのですね。
佐藤:そう、壁を破るための大きな心理的なエネルギーが必要です。では、何が壁をつくっているかというと、それは過去の情報がつくっている。
たとえば、日本人は100メートルで10秒を切るのは体格、筋力、遺伝子的に無理ではないか、など。過去から積み上がってきた情報が日本人の壁になっているという意見もあります。
それは思い込みなのですが、心理的限界となる。やはり人間はイメージがいいほうに働く場合もあるけれど、マイナスのイメージが自分を追い込むこともあるのです。
──となると、国民全体が抱いている漠然としたイメージも、アスリートの結果に影響してきそうですね。日本の可能性を信じることが、世界的なアスリートの輩出につながりそうです。
*来週土曜日掲載の第4回に続く。
(聞き手:上田裕、木崎伸也、構成:栗原昇)