敏腕マンガ編集者が壊す“遊びと学びの境界線”

2015/7/2
受験サプリに集うイノベーターは教育界からだけではない。出版業界から参加しているのが、コルク代表・佐渡島庸平だ。かつては講談社の漫画編集者として『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』を世に送り出した敏腕編集者である。現在、受験サプリ内で「より勉強に興味を持ってもらうための」仕掛けつくりを行っている。佐渡島が手がけたカリキュラムは「未来の教育」講座、受験とは直接関係ない科目だ。

『インベスターZ』を無料で受験サプリに

そもそも、なぜマンガ編集者である佐渡島が受験サプリに加入したのか。実はリクルートマーケティングパートナーズ社長、山口文洋との出会いはサービス開始前にさかのぼる。佐渡島が雑誌「モーニング」の編集者だったときのことだ。
「もともと、受験サプリが始まるのは事前にうわさで聞いていました。だったら僕が編集していた『ドラゴン桜』と相性がいいんじゃないか、と思ってユーザーには全巻無料で読めるようにしないかと、受験サプリに提案にいきました」
今でこそ、よく目にするマンガ全巻購読のサービスだが、当時、出版社はコンテンツを無料開放することに対して消極的だった。加えて、受験サプリのユーザーとドラゴン桜の読者は重なる。これでは紙の単行本は売れなくなってしまう──。当然、全巻無料という取り組みはためらわれたはずだ。
だが、「コンテンツというのは、ただマネタイズを考えればいいわけじゃない。もちろん、無料で垂れ流せばいいというわけでもない。正しいタイミングで、正しい層にちゃんと届けないと長く愛される作品にはなりません」と指摘する。
最初は編集者として「いかにして作品を広めていくか」という思考で受験サプリに関わっていた佐渡島、あくまでコンテンツを提供する“単発”での関わりにすぎなかった。
 

「佐渡島君以外いない!」藤原和博の一言がきっかけ

だが、それから4年後の2014年、本格的に佐渡島の編集者としてのスキルが求められるようになる。当時の受験サプリはカリスマ英語講師の関正生が加わり、公教育のトップランナーである藤原和博の提言でリベラルアーツのカリキュラムが導入された頃である。
コンテンツは充実していたが、1つの課題が生まれていた。それは「どうやって生徒の興味を引き続けるか」ということだ。
いくらカリキュラムが充実していても、生徒が飽きてしまっては意味がない。いかに生徒のモチベーションを維持するか、模索が続いていた。そこで藤原の「やっぱりプロの編集者が必要だ。佐渡島君以外いない!」という一言で再び佐渡島が加入することになる。
当時の受験サプリが抱えていた課題を佐渡島は次のように指摘する。
「確かにリクルートは、サービスの展開は上手だし圧倒的に早い。でもコンテンツをつくる行為はある種、逆方向で、焦ると内容が浅くなって、共感してもらいにくくなる。しっかりと時間をかけていいものをつくらないといけないこともあります」
確かに、有名講師陣と優良なカリキュラムを並べれば生徒たちは“勉強”はするだろう。だが“熱中”はしない。佐渡島の仕事は勉強に入る前段階の生徒たちに楽しんでもらえるコンテンツづくりだ。
「やっぱり勉強ってつらくて、大変。でもそのきっかけづくりならマンガ編集者の僕にできることはたくさんある」

学校の勉強は「調理されていない生の食材」

「勉強はつらい」。こうした思いは自身の体験に基づいている。灘高、東大とエリート街道を一直線に歩んできた佐渡島だが、その道のりは平坦ではない。中学時代の佐渡島は商社務めの父の仕事の関係で南アフリカに住んでいた。
合計3年、南アフリカで過ごした中学3年のときに、日本へ戻ることになる。待ち受けるのは高校受験だ。むさぼるように日本の教科書を読んでいたかいもあり、なんとか灘高に合格することができた。
「でも本当に大変だったしつらかった。ずっと、『面白がれるような勉強があれば没頭できるのに』って思っていました」。その考えはドラゴン桜の編集者になり多くの学者や有識者へ取材をするうちに、確信へと変わる。
「学問を“面白がっている人”たちの話はやっぱり面白いんですよ。知識を分けてもらうというよりは彼らの“オモシロ”を分けてもらう、というイメージですね」。渋滞学の西成活裕教授、言語学の金田一秀穂教授など、名だたる教授たちの取材を通して感じたことだ。
だが、それが学校教育レベルになると無味乾燥な知識になってしまう。「今の学校教育ってご飯で言えば、素材を生のまま食べ続けるようなもの。『必要だから、将来役立つから』と言われても“生”はつらい。でも一手間加えるだけでぐっと食べやすくなったり栄養摂取の効率が上がるでしょ?」
ならばプロの脚本家が台本をつくり、構成作家が演出し、「伝える」ことのプロである俳優が演じたら? つまらない「お勉強」が最高の「オモシロ」になるのではないか。
こうして佐渡島がつくり上げたのが「未来の教育講座 教養編」だ。使う教科書は漫画『インベスターZ』であり、講師には俳優・八嶋智人を起用した。実際の高校生との対話を通して「おカネ」の本質を学んでいくドラマ仕立ての講座となっている。

勉強に科目がなくなる?

佐渡島はこれからの受験サプリをどう考えるのか。「もちろん、まだまだ改善の余地はたくさんある」と前置きをしつつ、「僕たちが本当に勉強の面白さを伝えることができれば受験サプリは“教育の決定版”になりうる」と自信をのぞかせる。
教育の決定版とはなにか。「完璧に一人ひとりに適したカリキュラムじゃないでしょうか?」と予測する。つまり今までの学校・塾での教育カリキュラムは一直線であり、教える単元ごとにぶつ切りに分断されていた。だが、ネット、特にスマホ時代はまったく変わった。一人ひとりに適したカリキュラムをつくることができるはずだ。
佐渡島の描く具体像はこうだ。たとえば、「未来の教育講座」で『インベスターZ』を読んだ生徒が経済を知りたいと思い、公民の授業を選択し、そこから近代史の勉強を開始した結果、近代科学に興味を持って、化学の勉強を始めるかもしれない。
「本来、好奇心って脈絡なく、連想で広がっていくものなんです。教科書の順序通りに広がることはない。受験サプリの中では、公民、世界史、化学という科目そのものの垣根がなくなるかもしれない」
それがさらに進化すれば「もしかしたら、『数学のある部分が不得意なせいで、化学の別の部分が解けなくなっている』、そんなことがわかるようになるかもしれない」。テクノロジーと教育の融合を見据える。
だがそれは佐渡島たちだけでは実現できない。さらなる“役者”が必要だ。次に加わるイノベーターが松尾豊東京大学准教授、「日本の人工知能の父」である。
佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
1979年生まれ。中学時代を南アフリカ共和国で過ごし、灘高校に進学。2002年に
東京大学文学部を卒業後、講談社に入社し、モーニング編集部で井上雄彦『バガボンド』、
安野モヨコ『さくらん』のサブ担当を務める。2003年に立ち上げた三田紀房『ドラゴン桜』は600万部のセールスを記録。小山宙哉『宇宙兄弟』も累計1000万部超のメガヒットに育て上げ、TVアニメ、映画実写化を実現する。伊坂幸太郎『モダンタイムス』、平野啓一郎『空白を満たしなさい』など小説連載も担当。12年10月、講談社を退社し、作家エージェント会社のコルクを創業。
(撮影:福田 俊介)