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企業の不妊治療支援:男女共通の課題

企業の不妊治療支援:男女共通の課題

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木村 恵
フェムテックや健康経営の社会情勢やビジネスモデル木村 恵

知り合いの既婚女性(Aさん)は、30代後半にさしかかり、子どもが欲しいと思っていた。しかし、自然に妊娠することが難しく、不妊治療を受ける決意をした。

Aさんは大手金融機関で働く、いわゆる「バリキャリ」であり、仕事に対して非常に真面目で責任感が強い方だ。プロジェクトマネージャーとしての彼女の役割は重要で、チームの信頼も厚く、仕事を休むことは容易ではなかった。

不妊治療が始まると、通院が必要な日が増えていった。Aさんは、なるべく仕事に影響を与えないよう、早朝や夜遅くに病院へ通うようにした。

しかし、治療は精神的にも肉体的にも負担が大きく、次第に仕事に集中することが難しくなっていった。

ある日、治療のためにどうしても大事な会議を欠席しなければならない日があった。しかし、Aさんは不妊治療を受けていることを、同僚や上司に伝えることができず、体調不良を理由に休むことにした。

その日から、Aさんの心の中には、仕事と治療の両立に対する強い不安と罪悪感が積もりはじめた。

数ヶ月が経ち、Aさんはついに決断を迫られた。仕事を続けながら治療を続けるか、それとも治療を一旦諦めるか。彼女は何度も考え、最終的には治療を断念することを選択した。

「仕事を失うわけにはいかない。もう少し時間があれば、また挑戦できるかもしれない」と自分に言い聞かせつつも、諦めきれない気持ちが残った。

***

上記は、不妊治療体験者のヒアリングをもとに、個人が特定されない形で作成したものだが、同じような事例を、筆者は何度も耳にしたことがある。不妊治療と仕事の両立ができずに退職・治療断念・雇用形態を変更した方が、多くいるのが現実だ。

そこで今回は、職場での不妊治療支援と、具体的な企業の取組みについて紹介したい。

出典:GettyImages

1.不妊治療に関する正しい知識を身につける(研修・調査)

企業側は、不妊治療の具体的な内容や影響について十分に理解し、適切な支援策を提供する必要がある。具体的には、従業員や管理者向けの研修を実施し、男性・女性に限らず、不妊治療に関する正しい知識を身につけることだ。

なぜなら、不妊治療に限らず、女性の健康課題は、男性には理解が難しい部分も多い。また、女性同士であっても話しづらいこともある。

しかし、多くの女性は「周りが女性の健康課題について知識があると安心できる」と感じている。

女性の健康課題について知識がある人は、話題をタブー視せず、理解と共感を示すことができる。そのため、女性が悩みを打ち明けやすくなり、安心感を得られることで、孤独感や疎外感を解消できる。

例えば、大和証券グループでは、社員が人事部に提出する自己申告書において、不妊治療に関して記述する社員が増加し、不妊治療をサポートする制度を導入。

管理職に対して、健康に関する動画教材で、「女性の健康」に会社が取り組む理由を産業医が解説したり、不妊治療の費用補助、婦人科医によるオンライン診療などが受けられる。

以前は制度がなく、「不妊治療をしたいので退職したい」という相談もあったが、今は「不妊治療と仕事をどうやって両立すればよいか」といった、仕事との両立を前提にした相談に中身が変わってきている。

上記の事例からもわかるように、不妊治療や職場における女性の健康課題を理解するために、まずは男女とも知識を身につけることが重要だ。

出典:GettyImages

2.柔軟な働き方の導入(テレワーク、フレックスタイム)

テレワークやフレックスタイム制度を導入し、通院や体調管理をしやすくすることで、治療と仕事の両立が可能になる。

不妊治療は、診療によって所用時間はバラバラだが、タイミング法や人工授精の場合は月に平均2日~6日。体外受精の場合は月に平均4~10回の通院が必要になる。

さらに卵胞の育ち具合などにより、具体的な受診日程は直前にならないとわからない。病院によっては待ち時間もあり、治療自体の身体的負担も大きい。

総合商社の双日では、2030年代に社員の男女比率を50対50にすることを目指す中、休暇制度やフレキシブルな勤務体系を整え、不妊治療と仕事の両立を支援している。

例えば、コアタイムがない1か月単位のフレックスタイム制を採用。前日の所定時刻までに所属長に報告すれば始業・終業時刻の調整が可能である。勤務時間を前後にずらすことや1日の労働時間を短くすることで、通院時間が確保できる。

経済産業省の調査によると、不妊治療の離職における労働生産性損失は、年間約2,200億円と試算されており、経済インパクトも大きい。

不妊治療を含む健康課題を踏まえた柔軟な働き方を、男女とも行える環境を整えることが求められる。

出典:GettyImages

3.プライバシーの尊重(不妊治療を特定しない休暇制度)

不妊治療は非常に個人的かつデリケートな問題であるため、オープンに話しづらいという心理的障壁が存在する。

女性が職場で相談しやすい雰囲気を作ると同時に、話したくないというニーズがあることも理解しなければならない。

情報通信業のHiSCでは、不妊治療をしていることを社内で明らかにしていない社員が多いこと、不妊治療目的でしか使えない制度では利用しづらいこと、社員の不公平感が生じかねないこと等を考慮し、幅広い用途で使える「ライフサポート休暇」を導入。

契約社員を含む、勤続1年以上の男女社員に、年間5日を上限とする有給休暇で、半日単位の取得が可能。勤怠の申請システム上にて理由を記載し、上長の承認を経て人事部門へ情報が集約される。

不妊治療休暇のみならず、幅広い用途での利用が可能である。

このように、周囲に不妊治療をしていることを知られないような休暇制度など、必要な支援を提供することが、企業側に求められているのではないだろうか。

出典:GettyImages

4.定期的な婦人科受診や、制度・風土づくり

定期的に婦人科へ通えるような休暇制度を設けることで、女性が健康管理をしやすくなる。さらに、受診や相談することでマイナス評価されることはないという認識を広め、従業員が安心して相談できる環境を作ることが大切だ。

健康増進型保険「Vitality」でおなじみの住友生命は、妊活等に関する相談窓口を設置。看護師や臨床心理士などの専門家が、LINEを用いたテキストベースの相談と、ZOOMによる対面相談の2種類を実施。

また、オンラインセミナーや、全社員向けアンケートなどで職員一人ひとりの理解浸透を図り、制度を利用しやすい職場風土づくりをしている。

打ち出し方の工夫として、不妊治療だけではなく、その他の健康課題も加えた幅広い支援とすることで、多くの従業員が活用できる取組みになっている。

上記の事例からもわかるように、制度と風土の両輪が、不妊治療を含めたサポート体制につながるようだ。

出典:GettyImages

5.まとめ

不妊治療と仕事の両立を支援するには、職場での理解や柔軟な働き方の導入が不可欠である。

まず、企業は「不妊治療に関する正しい知識」を男女ともに身につける取組みにより、女性が抱える健康課題についての理解が深まり、相談しやすい環境や心理的安全性が生まれる。

また、テレワークやフレックスタイム制度を導入することで、治療に伴う通院の負担を軽減し、離職を防ぐことが可能になる。

さらに、不妊治療は非常にプライベートな問題であり、プライバシーの尊重が重要だ。周囲に知られたくない場合もあるため、職場ではその意向を尊重し、必要な支援を提供することが求められているではないだろうか。

出典:GettyImages

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【トップ画像】GettyImagesをもとに筆者作成

【参考】
厚生労働省「不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル」
厚生労働省「不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック」 
経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」

【自己紹介】メディア・講演・インタビュー記事


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コメント


注目のコメント

  • Hasegawa Makoto
    HR

    今年45歳で、前妻が10年以上前に不妊治療をしており、当時はかなり辛そうでした。
    その頃を考えると隔世の感、企業がサポートするなんて本当に時代は変わりました。

    10年早ければなあ。
    とは言え、今が一番早い。
    なんでもどんどん躊躇なくやることですね。
    時間の針は残酷なほどに着実に進む。


  • 木村 恵
    (一社)Femtech Community Japan 理事

    不妊治療をしている夫婦が増加傾向にある中、男女を問わず、不妊治療に関する正しい知識を持つことは、すべての従業員が気持ちよく働ける職場作りに欠かせないと考えています。

    この記事では、具体的な企業の事例を出しながら、企業における不妊治療支援を紹介しています。

    不妊治療や女性の健康課題は、男性にはなじみがないかもしれませんが、理解を深めることで職場の信頼感が高まると感じていますので、ぜひ読んでもらえるとうれしいです。


  • 薮野 淳也
    Stay Fit Clinic 株式会社なべふぁ 医師 産業医

    不妊治療を支援する制度ができても、不妊治療ってそもそも何するのという方々が多いので、そこは産業保健職の出番なのでは。以前不妊症治療について職場の理解も必要と説明したら、男性管理職の方達の反応はイマイチでした。


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