受験サプリが解決する、教育現場の「2つの爆弾」

2015/7/1
受験サプリに集った7人のイノベーター、今回は3人目、藤原和博が登場する。関正生の加入によって、カリキュラムは充実したものの、藤原の提案によって受験サプリはさらなる進化を遂げる。藤原の提言のウラには、今の日本の教育現場が抱える根深い問題点がある。

これからの時代に必要な「情報編集力」とは

藤原和博ほど「二つ名」がたくさんある男も珍しい。リクルートに就職し、2年連続トップセールスを獲得。その後6年間、リクルートフェローとして活動し「ミスターリクルート」と評されたかと思えば、「民間初の公立中学の校長」へ転身した。一方で「教育界のさだまさし」の異名も持つ。
だが、今の藤原には「教育改革実践家」がふさわしい。5年の校長経験を終え、国や企業を巻き込みながら、本気で義務教育改革に取り組んでいる。
歯に衣着せぬ言葉には、教育現場の最前線に立ち続けた者にしかない迫力が宿る。教育業界の酸いも甘いもかみ分けてきた藤原が、受験サプリで講師として登場する。教育業界が注目しないはずがない。
「1997年にすべてが変わった。求められるスキルも、出すべき答えも。これからの時代を生き残るためには情報“処理”力から情報“編集力”が必要になる」。こう持論を語る。情報編集力──。耳慣れない言葉だが、これが藤原の教育哲学の根幹をなす。
戦後以降の日本教育は「情報処理力」に特化した教育を行ってきた。すべては、より効率的に知識を叩き込み、より早く正解にたどり着くために。だが、その時代は終わりを告げる。
「1997年は山一證券が倒産し、拓銀が経営破綻した年なんです。この年こそ、日本の高度成長がピークアウトした年と言っていい」
奇しくもグーグルが検索エンジンを立ち上げ、万人が一瞬で正解を知ることができるようになったのも1997年である。
その先に、待っていたのはグローバル競争だ。義務教育で育成すべき人材もおのずと変わる。「これからは知識を持ったうえで、自ら仮説を立て、検証を行い、他人を説得できる“納得解”を出せる人材が必要。会社で必要とされるスキルも同じでしょ?」。そう喝破する。
だからこそ、受験サプリ内で藤原の担当する授業、「未来の教育講座・よのなか科」には正解がない。この授業の主眼は、実社会に通用するスキルを育成することにあるからだ。カリキュラムには、生徒同士での「制服の必要性について論じるディベートクラス」や「生徒が先生を採点するクラス」などユニークなものが並ぶ。
中でも真骨頂と言えるのが、ハンバーガー屋の出店計画の授業だ。実際にマクドナルドの取締役がゲストに参加したこともあるほど有名である。
生徒たちは出店責任者となり、与えられた地図をもとに複数の理由を論理的に組み合わせて、出店計画を立てる。授業を聞いていると、ついつい正解を知りたくなるが、「よのなか科」で正解を教えることはない。そもそもこの授業に正解など存在しない。あるのは納得解のみなのだ。
実際に「よのなか科」のハンバーガー出店計画の授業で用いられるテキスト。

「義務教育が地盤沈下する」2つの爆弾

だが、現場に目を向ければ、依然、圧倒的多数の教師が正解主義にとらわれたままだ。かつての校長経験からひとつの結論を導き出した。
「このままだと義務教育は地盤沈下する」
畳み掛けるように“2つの爆弾”があることを指摘する。
ひとつは「教師を取り巻くいびつな世代構造」だ。今の年代別教師の人口分布は50代が30%以上と圧倒的な割合を占める。その結果、長らく30、40代の採用を抑制してきた。近い将来、50代が退職し、教師不足が訪れることは間違いない。
もちろんそれを予期して、20代の採用を大幅に拡大している。だが、急激な採用枠の拡大と、昨今の教師不人気化が影響し、今や、採用倍率は2倍台にまで落ち込む。
リクルート時代、あまたの人材を採用してきた藤原からすると、「3倍以下では質は低下する。2倍って、2人に1人は絶対に採らないといけないわけだから。質を担保するには7倍はないといけない」。
もうひとつの爆弾は、教育現場の最前線である教室ですでに火を吹き始めている。
それが「生徒の学力の二極化」だ。勉強のできる生徒は塾に行き、先取りする一方、落ちこぼれた生徒には十分なケアがされなくなってしまっている。
従来の一斉授業が通用していた時代の学力分布は消え、「2つのヤマ」ができてしまっている。特に英語や数学ではその差は顕著だ。
それにもかかわらず、教師は依然として平均レベルの生徒に向けた授業を行っている。だが、もはや“そこ”に生徒はいない。「できる生徒にとっては“ネグレクト(教育放棄)”だし、できない生徒からすれば“虐待”だとさえ言える」とまで言い切る。
今や、従来の一斉授業、すなわち1人の教師が、同じ教科書の同じ箇所を同じスピードで1回だけ教えるスタイルは限界に達している。

教育危機は受験サプリのチャンス

だが、それは裏を返せば、受験サプリのチャンスに直結する。受験サプリには「2つの爆弾をも解決する力を秘めている」と語る。すなわち、一斉授業から、「個別」「習熟度別」の授業にシフトである。
教師不足はビデオ講義で補い、先生はビデオ講義でもわからない生徒のために補講を行うことに徹することで落ちこぼれをなくす。
また、20代の教師はクラス全体のマネジメントに注力する一方、生徒と一緒に動画を見ることで自らの「教える力」の底上げを行う。
もっとも、受験サプリは教師を駆逐するものではない。あくまで「サプリ」だ。知識を効率的に入れれば、実験やディベートなど、学校でなければできないことに集中すればいい。受験サプリの登場によって皮肉にも学校の意義が浮き彫りになった。
「これを使えばグーテンベルクの活版印刷くらいの革命が起こせる。スマホ1台で最高の教師が目の前に来てくれるんだから。義務教育が変わるチャンスと本気で思っています」
受験サプリを世界の3大発明と並べて語るその目は真剣そのものだ。
藤原和博(ふじはら・かずひろ)
1955年生まれ。1978年東京大学経済学部卒業後リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任。1993年からヨーロッパ駐在、1996年から同社フェロー。2003年4月から杉並区立和田中学校校長に、都内では義務教育初の民間人校長として就任。和田中をモデルとした「学校支援地域本部」の全国展開に文部科学省が50億円の予算をとったため、2008年4月からは校長を退職、教育改革実践家として全国行脚を行う。
藤原がビジネスマンとして注目するのは「980円」という価格だ。従来の習い事は9000円が相場だった。塾や予備校で言えば月間5万、10万円もざらにある。だが、それが980円になれば市場を動かすことができる。
「2、3割安くなったくらいじゃ人は動かないけれど、10分の1、20分の1までになると人は一気に動く。中高一貫校ブームで実力以上に生徒が増えたところや、中途半端な私立大学は危なくなるだろう」と分析する。
また、「リクルートのビジネスは就職、結婚、不動産購入などライフイベントだけにフォーカスしてきた。それだけなら情報誌を出せばビジネスとして成立していたが、教育は違う。今までのリクルートは日常のトランザクションに弱かった」。勉強サービスはリクルートにとってもかつてない挑戦である。
だが、勉強はどこまでいっても勉強、「勉めて強いる」ものである。受験勉強に対して苦い記憶を持つ読者も多いだろう。
では、移り気な年頃である中学生や高校生を三日坊主にさせないためにはどうしたらいいのか、藤原がもう一人のイノベーターを引き入れる。マンガ編集者、佐渡島庸平だ。
藤原和博氏の教育論は連載「たった一度の人生を変える勉強をしよう」でもお読みいただけます。
(撮影:福田俊介)