2024/8/14

2年で120カ所が導入。全国に広がる「UDe-スポーツ」の魅力

ブックライター
新型コロナウイルスの感染拡大で翻弄された、医療・介護業界。病院や施設にいた高齢者や障がいのある人たちは、面会制限によって外部とのコミュニケーションが大幅に制限。レクリエーションが中止となり、遊びや他者との交流の機会も奪われました。

そんななか、理学療法士の池田竜太さんは業界に楽しさを取り戻したいとリハビリ施設を退職し、年齢や性別、障がいの有無に関係なく楽しめる「UDe-スポーツ」を考案します。

2回目では、「UDe-スポーツ」の開発プロセス、ゲームのラインアップとユニークな操作方法、リリースからわずか2年で全国120カ所の施設が導入を決めた背景について聞いていきます。(2回目/全3回)
INDEX
  • 新しいeスポーツのアイデアで大賞を受賞
  • 誰でも楽しめるようゲームやボタンを工夫
  • ユニバーサルデザインの「UDe-スポーツ」完成
  • リアル運動会のかわりにUDe-スポーツを

新しいeスポーツのアイデアで大賞を受賞

1年ほど高齢者のeスポーツをサポートしてきて、従来のeスポーツを普及させるときの課題に気づいた池田さん。
誰もがプレーできるもっとわかりやすいeスポーツをつくれたら、年齢や身体の障がいの有無、ゲームの知識や技術の有無を飛び越えてみんなで楽しめるようになる、と考えました。
池田さんはこのアイデアを「障がい、年齢、性別関係ない! eスポーツでつくる『ごちゃまぜ』の世界」と題したビジネスプランにまとめ、ビジネスピッチイベント「第7回九州・山口ベンチャーマーケット」のスタートアップ部門に応募。
2021年10月のプレゼンテーションを経て、見事、大賞(グランプリ)を勝ち取ります。
第7回九州・山口ベンチャーマーケット授賞式での池田さん(写真中央)(写真提供:ハッピーブレイン)
池田「大学発ベンチャーのハイレベルなプランばかりが発表されるなか、大賞に選ばれて驚きました。でも、審査員を務めた方々からビジネスとしての可能性を評価してもらえたのだと思うと、うれしかったですね。
ただ僕自身、ゲームが苦手なので実現のためには何から始めればいいのか、見当がつきませんでした」
ピッチを終えてから池田さんのしたことは、とにかくビジネスプランをいろいろな人に話すこと。
池田さんのビジョンに共感したフィットネスジム運営会社の社長との出会いをきっかけに、大企業のシステム開発を手がけるIT企業の役員が協力してくれたり、専門知識を持つ人がハッピーブレインのスタッフとして加わってくれたりするようになり、少しずつ開発が進んでいきました。

誰でも楽しめるようゲームやボタンを工夫

新しいeスポーツは、SaaS形式で使えるようにしようと池田さんは決めていました。施設や自治体がパソコンを用意しておけば、ソフトをインストールすることなく、簡単に使い始めることができるようになります。最初に開発したオリジナルのゲームは6種類でした。
池田「徒競走、大縄跳び、玉入れなど、運動会の競技として高齢者になじみのあるゲームを考えました。知っている競技ですから、何回か練習するうちに高齢者の方もルールを理解できるようになります。難易度を変えることもできるんですよ」
ゲームの数はどんどん増えて、今では全17種類。運動会の競技以外にも、「もぐらたたき」や「だるま落とし」「じゃんけんゲーム」など昔ながらのシンプルなゲームが多いので、高齢者も楽しく遊ぶことができます。
操作は、赤、青、黄、緑に色分けされた大きな4つのボタン型スイッチというシンプルな設計。動作は「押す」だけ。複雑な操作は必要ありません。
池田「このボタン型スイッチは、すでに福祉用具として活用されている商品の中からいろいろと試して選びました。頑丈にできているので、手を使えない人は足で踏んで操作してもいいんです」
eスポーツは、オンラインで知らない人と対戦できるのが醍醐味です。池田さんは新しいeスポーツにも施設対抗戦のための「マッチング機能」のほか、「全国ランキング機能」「点数管理機能」を搭載しました。
そのほか、理学療法士の資格を持つ池田さんだからこそ思いついた機能もあります。
池田「ボタン型スイッチを使って、注意力、記憶力、動体視力、判断力の4つの機能を検査することで、利用者の機能の変化を簡易的にチェックする『認知機能検査』です。
過去のデータを見て認知機能に変化がないか確認できますし、結果をプリントアウトしてご家族に渡すこともできます」

ユニバーサルデザインの「UDe-スポーツ」完成

池田さんは新しいeスポーツを「UDe-スポーツ」と命名。2022年5月には共同で開発に取り組んできた地元企業とUDe-スポーツ協会を立ち上げました。
UDe-スポーツは「ユニバーサルデザイン・エレクトロニック・スポーツ」の略称で、「ユニバーサルデザインのeスポーツ」という意味。
ユニバーサルデザインの言葉どおり、ゲームの特別な知識や技能がなくても、子どもから高齢者まで、障がいの有無も関係なく楽しめます。2024年3月にはUDe-スポーツのシステムで特許を取得しました。
2022年7月、ついにUDe-スポーツがリリースされました。利用にかかる費用は、ボタン型スイッチと変換器の購入にかかる初期費用と月額サブスク料金。ボタン型スイッチと変換器をパソコンにつなげば、24時間365日ゲームを楽しめます。
もちろん、同じサービスを導入している施設との対戦試合も可能です。
ところが、リリース直後は営業に行っても、なかなか話を聞いてもらえませんでした。
「誰も知らない田舎の小さな会社だから、話を聞いてもらえないのも無理はないと思った」と、池田さんは言います。しかし、“ある工夫”をしたことで、少しずつ話を聞いてくれる人が増えてきました。
池田「その場でUDe-スポーツを体験してもらうんです。ゲームに親しんでいない人でも、少し教えるだけで初見でプレーできますから。
施設のスタッフがゲームを楽しむ利用者を見て、『こんなに楽しそうにしているのを初めて見た』『表情が変わった』と感じてくれて、導入先が少しずつ広がっていきました。
ある施設でUDe-スポーツのお試しをしてアンケートをとったところ、『楽しかったので継続したい』という回答が9割以上にものぼったため契約が決まったということもありましたね」
UDe-スポーツを楽しむ高齢者たち(写真提供:ハッピーブレイン)

リアル運動会のかわりにUDe-スポーツを

リリースから2年が経った今、導入先は全国120カ所に達しています。導入先として多いのは、病院や高齢者施設、障がい者施設。導入がもっとも多いエリアは九州で、近畿や中部、関東での導入も増えつつあります。
施設での導入のほか、パラスポーツ事業やイベントでの活用も進んでいます。2023年と2024年は東京都の事業「デジタル技術を活用したパラスポーツ(eパラスポーツ)事業」にUDe-スポーツが採用されました。
10カ所の障がい者施設にUDe-スポーツの機器を3カ月貸し出して練習を積んでもらい、事業の最終日にイベント会場と障がい者施設をオンラインでつないで対戦会を実施。
2023年には「寝たきり芸人」のあそどっぐさんやタレント・俳優の武田真治さんも参加し、会場の子どもたちも交えて年齢や障がいの有無を超えた真剣勝負が行われました。
東京・カメイドクロックで開催されたeパラスポーツイベント(写真提供:ハッピーブレイン)
2024年6月10日からは、ダスキンがUDe-スポーツのレンタルの取り扱いを始めています。イベントの総合サポートと各種用品のレンタルを手がける同社のレントオール事業部が、全国の102店舗を通じてUDe-スポーツのイベントへの貸し出しを開始したのです。
池田「ハッピーブレインの社員は4人でパートが2人。リソースが小さいので、小さなイベントでUDe-スポーツを貸してほしいというご要望があってもお断りせざるを得ないことがたびたびありました。
ダスキンとの提携によって、今まで以上に全国各地でUDe-スポーツを楽しめるようになります」
池田さんの「古巣」でも、UDe-スポーツの活用が始まっています。池田さんが専門学校を卒業後、最初に勤めた精神科病院は、熊本県内の数十の病院と合同で毎年、運動会を行っていました。
ところが、コロナ禍で運動会が中止に。そのかわり、2023年から施設対抗のUDe-スポーツ大会を行うようになったのです。
池田「精神科病院には、若いころから何十年も入院している高齢の患者さんがたくさんいます。コロナ禍がなくても体力が落ちていますから、リアルの運動会に参加するのは難しいんです。
でも、UDe-スポーツならケガの心配なく楽しめます。こういう使い方もあるのか、と思いましたね」
2024年3月には、UDe-スポーツの“国際試合”も実現しました。合志市役所の協力で、台湾の大学生と合志市の高齢者が年齢と国を超えて白熱した試合をくり広げたのです。
台湾の大学生(画面左)とUDe-スポーツのオンライン対戦をする合志市の高齢者(画面右)(写真提供:ハッピーブレイン)
池田「いつかUDe-スポーツを使って海外と交流できたら、と思っていたので、実現してうれしかったですね。
ただ『交流してください』と言っても交流は生まれませんが、30〜40分ゲームで遊ぶと、誰からともなく『そっちでは何がはやっているの?』『昔、親の仕事の関係で台湾に住んでいたことがあるんだよ』と話しかけるようになるんです。
熊本県内に台湾の半導体企業が誘致されたことから、今、県内で外国の方が増えていて、文化や習慣の違いからすれ違いが起きていると聞きます。
UDe-スポーツは言葉が通じなくても、すぐに一緒に遊べて仲良くなれる。今年はUDe-スポーツを使って熊本県内の外国の方と交流できるような企画ができれば、と考えています」
次回は、「UDe-スポーツ」によってプレーヤーに起こっている変化、自治体や施設だけでなく大学からも注目される「UDe-スポーツ」の可能性と今後のビジネスの展開について池田さんに聞いていきます。