2024/9/25
【トップ対談】スズキとビズリーチが語らう「人的資本経営」の未来
株式会社ビズリーチ | NewsPicks Brand Design
近年、人材を「資本」としてとらえ、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」に企業が力を入れ始めている。
軽自動車など小型のモビリティを強みとする、スズキ株式会社もそのうちの1つだ。新たに職能資格制度の導入や、給与等の見直しなどを行い、2024年4月に人事制度を全面的に刷新した。
スズキはなぜ、このタイミングで制度改革をしたのか。改革の先に見据えるスズキとクルマづくりの未来とは。
スズキ代表取締役社長の鈴木俊宏氏と、株式会社ビズリーチ代表取締役社長の酒井哲也氏が、人的資本経営の未来を語り合う。
軽自動車など小型のモビリティを強みとする、スズキ株式会社もそのうちの1つだ。新たに職能資格制度の導入や、給与等の見直しなどを行い、2024年4月に人事制度を全面的に刷新した。
スズキはなぜ、このタイミングで制度改革をしたのか。改革の先に見据えるスズキとクルマづくりの未来とは。
スズキ代表取締役社長の鈴木俊宏氏と、株式会社ビズリーチ代表取締役社長の酒井哲也氏が、人的資本経営の未来を語り合う。
「OJT」重視のあまり、人への投資を怠った
──スズキは人的資本増強を目指して、2024年4月に人事制度を全面的に刷新しました。このタイミングで制度改革に踏み切ったのはなぜでしょうか。
鈴木 率直に言えば、人への投資を怠ってきたからですね。
当たり前のことですが、企業は「人」で構成されています。一人ひとりが能力を高め続けることでしか、企業の成長は実現できません。
100年に一度と言われる自動車業界の大変革期を生き抜き、CASEやカーボンニュートラルにも対応して成長していくためには人的資本の充実・増強が欠かせないと考えました。
酒井 「怠ってきた」とはずいぶん厳しい言葉です。あえてその言葉を使われた理由は何でしょうか。
鈴木 「OJT」を重視するあまり、人事教育や技術教育をおろそかにしてきた点は否めないからです。
実際の仕事をしなければ必要な知識や技術は身につかない、という考えは間違ってはいません。ただ、だからといって若手に対する基礎教育をしなくていい理由にはならないと考えています。
──新しい人事制度では、職能資格制度導入、評価制度の見直し、給与の見直しなどによって「個の成長」と「個の稼ぐ力」を強化すると謳っています。
鈴木 新しい人事制度によって、チームスズキ全員が個の職務能力を向上させ、成長できるように促します。年功序列ではなく、能力を持った人が力を発揮できて、それが評価されるような環境も実現していく。それが「個の成長」と「個の稼ぐ力」の強化につながると考えています。
いまや新卒入社した社員が数年で辞める時代です。以前より、自分のやりたいことを求めて転職しやすい環境が整っているという背景もあります。
ただ、自分のやりたいことだけやって成長できるか、というと、私は疑問に思っています。成長を目指すなら、会社全体の仕事を理解した上で働くのが一番だと思っているからです。
酒井 自戒も込めて言いますと、会社は大きくなればなるほど、隣の部門が何をやっているかを知らないという状態になりがちですよね。これは大きな問題だと思っています。
会社として何を実現するかの視点がなければ、自分の仕事を最適化することに懸命になってしまう。
鈴木 おっしゃる通りだと思います。クルマづくりにおいても、自分のやりたいことやコスパ、タイパだけを考えていてはクルマはできません。
これは、元マラソン選手で当社の社外取締役の高橋尚子さんの受け売りなのですが、駅伝では自分が5区を走るとしても、全区間を走って5区以外の人がどういう思いで走ってタスキをつないでいるかを理解しないと結果を出すことはできない、とおっしゃっていたんですね。
ものづくりも同じです。全体を理解した上で自分の役割を果たさないと、いいものづくりはできないんです。
新しい人事制度を通じて、スズキのクルマづくりの全体を理解して仕事をする大切さも伝えていくつもりです。
「適“所”適材」の実現を
酒井 「自分はこの仕事に向いていない」と思う社員がいたとしても、スズキのような大きな会社なら社内に別の活躍できる場所があると思うんです。ただ、その存在を知らないから、外に出るしかないと思ってしまう人は多い。
これからは、企業側が社内の別の場所にこんな機会があるということを社員にオープンにしていくことが大事なのかもしれません。
鈴木 本当にそうだと思います。私たちも、社員に対して会社にどんな仕事があるのかをしっかり見せてこなかったという反省があります。これからは、それぞれの部門でどんな仕事をしているのかを社内にもっとアピールしていく。
社員にも「私はこの部署でこういう仕事をしたい」「いつかはあの仕事ができるように頑張りたい」という意思や希望をどんどん発信してほしいですね。
会社と社員の双方向のコミュニケーションがあってこそ、「適“所”適材」は実現します。「社内版ビズリーチ」のような環境をつくっていくことが必要かもしれません。
酒井 私たちの最終的なゴールは、社内・社外を問わず、能力のある人が適切な場所にアサインされる社会の実現です。その意味で、スズキの「適“所”適材」は素晴らしい言葉だと思います。人材を活かすためにはちゃんとしたポジションあってこそ、という企業の強い意志を感じます。
鈴木 日本語としては「適“材”適所」が正しいことは承知の上で、あえてこの言葉を使っています。
いまは「クルマ」と一口に言っても、カーボンニュートラル、EV、FC(燃料電池)など、さまざまな仕事があります。
どこに誰を配属したらいきいきと働いてくれるだろうかと常に考え続けなければ、どんなに優れた人に来てもらっても宝の持ち腐れになってしまう。非常にもったいないことになります。
不満も「燃料」に変えていく
酒井 最近よく言われるリスキリングも「適“所”適材」が前提になると私は思っています。目指すキャリアの方向性が決まっていなければ、何を学び直せばいいかも決めることはできないですよね。
会社も一緒になって社員の進みたい方向性を可視化して、コミュニケーションを取ることが大事ですね。
鈴木 一見遠回りのようでも、会社と社員が双方向のコミュニケーションをとり続けることが大事なんです。
部下とコミュニケーションをとれないのは、上司の責任です。だからといって、何でもかんでも言うことを聞いてあげるという意味ではありません。
社員の意見はしっかり吸い上げて、会社としても言うべきことは言う。「そういう考えなら、ここに移ったほうがいいよ」「そういうことをやりたいなら、あと1年ここで頑張って、その後ここに移って、最終的にはここに行くといいよ」──。そうした対話を、会社が粘り強くしていくべきなんだと思います。
一直線の最短距離を進むだけでは望む姿に成長するのは難しいよ、ということを若い人にも伝えていきたいですね。世代が変わると考え方も変わるから、なかなか難しいのですが。
酒井 よくわかります。社員が進みたい道に対して何を学んでいくかが重要です。鈴木社長がおっしゃるように、「こうなりたいなら、あと1年間はここにいるべき」と上司がアドバイスしてあげることは非常に意義がありますし、それはリスキリングの1つの形ですよね。
──社員の新たなキャリア指標にもなる人事制度の刷新には、どれくらいの人数や期間を掛けたのでしょうか。
鈴木 1年足らずの短期間で、10人程度の少人数で進めました。もっと時間をかけて練り直すところが多いなか、これだけの短期間で制度改革を成し遂げたのは、自画自賛のようですが、すごいことだなと思っています。ただ、これで完璧とは思っていません。
実際に運用すればさまざまな不満の声が出てくるでしょう。しかし、その不満も燃料に変えて、スズキらしい人事制度に育てていきます。これからが勝負だと思っているんです。
酒井 まさに私たちも8月から人事制度を変えるのですが、会社が大切に思うことを明確にすればするほど、それに合わないと感じる人が出てくるかもしれません。
しかし、そうした声も活かして、さらに制度を磨き上げ、会社の成長につなげていかなければなりません。鈴木社長の「育てていく」という言葉に非常に共感します。
無くてはならない「キャリアインフラ」を目指す
──ところで、近年はどの企業も採用が難しくなっていますが、人材採用市場の課題とビズリーチの次の打ち手としては何を考えていますか。
酒井 やはり、労働力人口の減少というトレンドは無視できません。時代の要請に合わせて企業は業態を変化させなければなりませんし、その変化に対応するための新しい人材が求められるという状況もまだまだ続いていく。少ない労働力人口で変化に対応することが不可欠になります。
日本が今後も成長していくためには、日本全体で生産性を上げていく。これしかありません。働く人一人ひとりが自分の輝ける場所を見つけられることが大事であり、ビズリーチはそのためのインフラになりたい、と考えています。
鈴木 採用は非常にしにくくなっていますね。スズキは「現場・現物・現実」という「三現主義」を行動理念に掲げていますが、物があふれる裕福な時代になったからか、泥臭い現場仕事を避ける若手も増えています。
ただ、ものづくりは、きれいごとでは進んでいかないんですね。CADを使えばきれいな図面は書けますが、それを生産の現場に持っていってすぐ品質のいいクルマができるかというとできないんです。
駅伝のたとえでお話ししたように、クルマづくりのすべての工程が力を合わせ、お互いの仕事を理解した上で取り組まなければならないからです。
酒井 専門性がどんどん細分化しているいま、どんな業界でも、仕事の全容を理解した上で仕事を進めていくのがますます大事になっていますよね。
鈴木 おっしゃるとおりです。ときどき、設計こそがエリートだと思い込んでいる若手に出合いますが、僕は設計だけがエリートだとは全然思っていなくて。ものづくりをわかっている人が真のエリートだと思っています。
だから、希望部署に配属されなかった、とがっかりする若手がいるけれど、落ち込む必要なんかないんですよ。その配属先で多面的に学んだ方が、モノづくり全体を理解した上で図面を書けるようになるかもしれない。そのことを、若手にはぜひ知ってほしいなと思っています。
酒井 いまのお話をうかがって、採用支援をする私たちも、仕事の内容はもちろん、その仕事の本質をいままで以上にリアリティを持って伝えていかなければならないな、と思いました。経営資源は人、モノ、金と言われますが、人ほど調達しづらいものはありません。
それでも、働き方は多様になり、キャリア自体がどんどん長くなっています。社内外問わず、適切な人をどこよりもスピーディーにアサインできる、なくてはならない「キャリアインフラ」としてのあり方をもっと突き詰めていかなければ、と考えています。
鈴木 人に関わることは本当に難しいですね。たとえば、営業の社員にじつは技術の才能があった、というようなことがまれにあります。そういう場合、たいてい本人はそのことに気づいていません。しかも、本人の意向と才能が必ずしも一致しているとは限らない。そういう難しさを、私も日々感じています。
酒井 私たちがキャリアインフラたり得るには、「営業だけど技術に向いていそうだ」「この部署に配属したら輝き出した」といった勘や偶然をいかに必然に変えていけるかが鍵になると考えています。企業としては、社員に意図的に刺激を与え続けることが、キャリア開発にとって重要になるのかもしれません。
ときどき、新しいことをやらせてみたらいきいきと輝き出す人がいますよね? 新しい才能は、そうしないとなかなか見つけるのは難しいのではないかと思います。
鈴木 組織も、いまが調子いいからといって現状維持を続けていると、硬直してしまいます。定期的にガラガラポンで刺激を与えることも成長には必要なのかもしれません。
酒井 スズキは今回の制度変更によって、満足する人、不満に思う人、おそらくいろいろ出てくるのではないでしょうか。でも、この新しい刺激によって、次世代で活躍する人が出てくる可能性は大いにあると思います。
鈴木 ところで、ビズリーチの社内で転職する人っているんですか?
酒井 います。社員がビズリーチを使うのは自由なんです。
鈴木 そうなんですね。ビズリーチには転職を考える人はいないのかと思っていました。
酒井 私たちもまさに競争環境の中に置かれているんです。「このポジションならもっと輝けるよ」ということを提示していかないと、私たち自身も他社に負けてしまいます。
転職されたら、会社に魅力がないということですから、日々プレッシャーを感じていますし、転職者が出たら「もっとできることはなかったのか」と自問自答していますね。
これからは「小っちゃい」ことが重要になる
──人的資本経営の流れが大きく変わる中で、自動車業界も100年に一度の大変革期を迎え、競争環境が激変しています。これからのクルマづくりでは何が大事だと思われますか。
鈴木 私はこれからの時代、「小っちゃい」ことが非常に重要になると思っているんです。
酒井 小さいことが大事に。なぜそのように思われるんでしょうか?
鈴木 たとえば、いまクルマの平均乗車人数は2人を切って1.3人といわれています。そんな時代に、大きいクルマが本当に必要な人がどれだけいらっしゃるのか。
EVになれば、大きなクルマを動かし、走行距離を延ばすために大きいバッテリーが必要になります。そうすると車体はどんどん大きく、重たくなっていく。車体が重くなると道路のダメージも大きくなります。
軽いクルマは道路や埋設された水道管やガス管などへのダメージも小さくでき、インフラ整備のためのエネルギーも少なくて済みます。 軽いということは、様々な良いことに繋がる天使のサイクルを作り出します。
人手不足で道路や橋のメンテナンスが難しくなっていく日本において、何がベストか、環境にやさしいクルマとは何なのかということは考えなければならないと思っています。
酒井 自動車やAIの技術も進歩しているからといって、むやみやたらと取り入れるのではなく、人が介在するところとそうでないところをどう分けていくかが大事になりますね。
鈴木 同感です。クルマに関しては、人がミスしそうになったときにカバーするシステムは不可欠ですが、すべて自動化で便利にしすぎるとおもしろくないんじゃないでしょうか。操作する楽しさ、思いやりの表現みたいなものは残していくべきなんじゃないかと思いますね。
酒井 ほかにクルマづくりで大切にしたいことはありますか?
鈴木 創業の原点であり社是でもある、「お客様の立場になって価値ある製品を作ろう」は、時代を超えて守り続けていくべき価値観です。
今後は、スズキの無駄を省いた効率的で高品質なものづくりの基本方針である「小・少・軽・短・美」に加えて、より人の生活に密着したモビリティ、具体的にはクルマとセニアカー(電動車いす)のあいだに位置するようなものに力を入れていく必要があると考えています。
クルマづくりの中でもスズキは小さいがゆえに難しいことをやっていますから、キャリア採用の方や外部の力を借りて知恵を絞っていきたいですね。自社の技術でカバーできないところは、スタートアップとも積極的に連携していきたい。すでに、自動運転のソリューションを展開する「ティアフォー」などとの連携を進めています。
スズキ自身、100年前はまさにスタートアップでした。「母の仕事を楽にしたい」と考えた創業者の鈴木道雄の精神、その精神を学ぶためにもスタートアップやベンチャーとの連携は有意義だと思っています。
成長に失敗は不可欠
──最後に、お二人の今後の展望をお聞かせいただけますか。
酒井 どんな業界でも、プロフェッショナルであることを突き詰めないと、他に代替されてしまいます。
鈴木社長のおっしゃった社員の“適所適材”を実現するということは、多くの選択肢と可能性を提供する私たちの「キャリアインフラ」を実現する後押しにもなりますし、一人ひとりがいきいきと働くことができる社会の実現にもつながります。
スズキをはじめとする日本のリーダー企業の競争力が一層向上するためにも、いきいきとした採用・配属ができるようなキャリアインフラづくりを、お客様の声を聞きながらともに進めていきたいと考えています。
鈴木 私は社内でよく若い人たちに「失敗してよ」と言っているんです。失敗を恐れて安心・安全な道だけ歩んで成長していくことは不可能です。
スズキがここまで成長してきたのは、先輩方がたくさん失敗してきたからこそ。成功より、失敗の経験が断然多いんですよ。でも、新しいことって失敗から生まれることはわかっていますから、先輩たちは若手が失敗しても必ず助けてくれます。
会社としては、会社が潰れない程度に失敗を許容しなければなりませんし、若手はそれに甘えることなく挑戦と行動をするんだ、と頑張ってほしいと思いますね。
執筆:横山瑠美
編集:花岡郁
撮影:小池大介
デザイン:田中貴美恵
編集:花岡郁
撮影:小池大介
デザイン:田中貴美恵
株式会社ビズリーチ | NewsPicks Brand Design