「脱・詰め込み英語」受験サプリのカリスマ講師が抱く野望

2015/6/30
受験サプリが教育業界に開けた風穴はドでかい。だが、その風穴は「980円」という破格の安さによってのみもたらされたものではない。
受験サプリを運営するリクルートマーケティングパートナーズ社長、山口文洋が「最大の強み」と自信ありげに語るのが授業内容だ。
その言葉の通り、講師陣に目を向けると業界では名の知れた“有名人”がずらりと並ぶ。だが、中でもずば抜けて有名な講師がいる。英語を担当する関正生だ。ユーザーが30万人を超える受験サプリにおいて、生徒からの評価が5点満点中4.9を常に超える。一般的な予備校講師が4.2、有名講師でもせいぜい4.5だと言われる中で圧倒的な支持を得ている。

カリスマ講師が提唱する「脱・暗記の英語術」とは

「僕はいわゆるカリスマ講師と言われてきました。予備校にはテニスでいう“センターコート”にあたる200人規模の大教室があります。僕はそのセンターコートを朝から晩まで満員にすることができる数少ない講師でした」。自らの過去を振り返る。
関のキャリアは大学時代にアルバイトで働いていた小さな私塾から始まる。教えることの面白さに取りつかれ、就職活動をせずにそのまま予備校講師へ。その後、全国各地の予備校で10年以上経験を積むうちに、ひとつの結論にたどり着く。それが関オリジナルの勉強法である「暗記不要の英語術」だ。
「僕はネイティブでも帰国子女でもない。おまけに28歳まで外国に行ったこともありません。それでも大学受験の英語を効率よくクリアして、英語が操れるようになる。詰め込みや丸暗記はナシでね」
 
もちろん、完全に暗記が不要な勉強法など存在しない。関が提唱するのは「不毛な丸暗記」からの脱却である。
たとえば、歩行者を意味するpedestrianの「ped」は“足”が語源であり、日本人には「ペディキュア」の言葉で馴染み深い。単語同士を関連づけて印象深く残していけば自然と覚える。同様に「手に取る・持ち上げる」を意味する「pick up」も4つの意味を持つ頻出熟語だ。
英単語の暗記だけではない。現在を意味する「currently」という言葉には「あくまで現在は」という程度の意味しかなく、文章題ではひっかけ問題として頻繁に使われる。こうした“コツ”を習得していくことで丸暗記よりもはるかに効率のいい英語学習が可能になる。

1週間で列島半周。飛行機通勤する予備校講師

関によれば学校や予備校の英語教育は“負のスパイラル”にあるという。学校では当然のように暗記型教育が行われるが、そこから落ちこぼれてしまった生徒を救うための塾でも暗記が強要される。これでは英語力の格差は広がる一方だ。
「そもそも英語の学習方法がひとつだけってどう考えてもおかしいでしょ。暗記に頼らない勉強法でも通用するというのを証明したかったんです」
“関メソッド”は英語に悩む受験生から爆発的な人気を博した。
当時の人気ぶりを象徴する逸話として「飛行機通勤」の話がある。九州地盤の北九州予備校で講師をしていた関は毎週羽田から鹿児島へ飛び、授業をこなしていた。鹿児島で授業を終えた次の日は熊本、また次の日は博多へ北上、山口と名古屋でも授業をこなした後に再び東京へ戻る。新幹線通勤をする講師はまれにいるが、「1週間で列島半周」を飛び回る講師は関くらいのものだろう。
うわさがうわさを呼び、どこへ行っても関のクラスは朝から晩まで満員だった。時には早朝6時から席取りの生徒が列をなしていたこともあるという。教える生徒数は1週間に2000人。受験生の間では知らぬものはいないカリスマ講師へとなっていた。

「これではダメだ」歌舞伎町でのある体験

だが、“ある体験”がきっかけで自分の限界に気づかされる。関が歌舞伎町を歩いていた時のことだった。
背後から割れんばかりの女性の歓声が聞こえてくる。なんだろう? と振り向くと、なんということはない、ホストクラブから出てきた数人のホストが歩いていただけのことだった。
だが、「そのときに気づいちゃった。僕もそれと同じだって。ホストと同じで限られた “箱”の中だけでキャーキャー言われるだけの存在なんですよ。いくら自分ひとりで日本中飛び回ってもせいぜい1週間に2000人にしか影響を与えられません」。
いくら関が暗記不要論を提唱したところで、日本では相変わらず不毛な丸暗記が横行していた。“暗記不要”の関メソッドは、いつしか年間100万円以上の授業料を払うことができる、ごく小数の受験エリートのためのものになっていた。「英語の勉強法に新しい選択肢を提示したい」という本来の目的は到底達成できていなかった。
そんな頃、受験サプリのサービス開始時から講師をしていた肘井学から誘いがかかる。「関先生、何万人もの生徒を相手にできるよ」
自分の英語教育を広める、またとないチャンスだ。
だがどこかで葛藤があった。正直な思いをこう吐露する。「“僕の授業はたった980円かよ”って。そりゃ今まで第一線でやってきた自負もありますから」。受験サプリに抱いた思いはそれだけではない。関は受験サプリを一目見て気づいていた。従来の予備校や映像配信授業とは何から何まで違うということを。

求められる「トップオブトップ」のスキル

スマホでの授業配信の難しさをこう語る。
「生徒の顔が見えるのと見えないのとではまったく違います。トップクラスの講師じゃダメ、“トップオブトップ”じゃなきゃ」
受験サプリの撮影は無人のスタジオで行われる。講師の前に立つのはカメラマンが1人のみ。対面の授業であれば、生徒の顔色を見ながら授業を進めることが可能だが、無人授業では、どこで生徒がつまずくのか、どこを退屈に感じるのか、高校生の目線を知り尽くしていないと講師の一人よがりになってしまう。
それに受験サプリの“ライバル”はそこら中に存在している。LINEにフェイスブック、ゲームにYouTube……。受験サプリが自宅でスマホやPCで見ることを前提としているがゆえの弊害だ。移り気な高校生の集中をいかに保ち、誘惑を退けるか。生半可なスキルでは生徒の時間をいたずらに消費するだけだ。
受験サプリへの加入をためらう理由はほかにもあった。「980円は生徒にとって敷居が低い。でも同業者からすれば、980円で僕のノウハウを丸ごと盗むことができるってことです。そう思うとちょっと悔しい気持ちはありました」。関いわく、予備校の授業は、音楽や漫才と似ているという。同業者であれば、授業の“完コピ”は容易だ。
「それでも構わない。完コピしてもしょせん偽物だから。それよりも、親の都合で、ペルーにいる生徒が日本の大学に入るために僕の授業で受験勉強をしているという話を聞いたことのほうがうれしかった。それって今までの僕では絶対無理な話だから」。今は自分の提唱した勉強法が広がっていくのを素直に喜ぶ。
現在、関は受験サプリの講師として活躍する傍ら、自らの会社を運営し、若手の講師育成も手がける。もしかしたら近い将来、日本人が不毛な暗記をすることなく英語を話す世の中が来るかもしれない。(文中敬称略)
関正生(せき・まさお)
東京出身。慶應義塾大学文学部英米文学専攻卒業。予備校で英語を教えはじめ、立ち見が出るほどの人気講師となる。有限会社ストリームライナーを立ち上げ、世の中の「英語嫌い」をなくすべく、執筆活動もこなす。20冊以上にものぼる英語学習の著書は韓国や台湾でも人気を博している。著書に『大学入試 世界一わかりやすい英語の勉強法』など。
(撮影:福田俊介)