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Chapter 5:エネルギー問題を解決する3つの選択肢

事業機会となりうる、原発再稼働のために必要な条件

2015/6/29
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第四弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.4「迫り来る危機をいかに乗り越えるか」』(初版:2015年3月6日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
今回の連載では福島第一原発事故後の日本のエネルギー問題を取りあげ、原発へのyes/noだけではない持続可能なエネルギーミックスについて考える。
大前研一特別インタビュー:混乱の時代を生き抜くため、個人として何ができるのか(5/11)
本編第1回:Chapter 1「原発停止による電力不足、エネルギーコスト上昇の深刻化」(5/18)
本編第2回:Chapter 2「『原発依存度0%』の矛盾。原子力発電の代わりはあるのか」(5/25)
本編第3回:Chapter 2「ポスト福島の、ベストな「エネルギーミックス」は何か」(6/1)
本編第4回:Chapter 2「なぜ、福島第一原発事故の原因解明が進まないのか」(6/8)
本編第5回:Chapter 3「『放射線恐怖症』に陥った日本、原発再稼働の責任を負うのは誰だ」(6/15)
本編第6回:Chapter 4「原子力部門には最精鋭を集め、送電部門では東西の垣根をなくせ(6/22)

本特集の基とする原稿は、2013年2月に大前氏が開催したセミナーのものであり、収録から経過した2年のうちに、いくつか古くなってしまった統計情報等が含まれることをご了承いただきたい。しかし、日本がエネルギー戦略においてかかえる課題はいまだ解決されておらず、当時の大前氏による分析は現在も有効なままである。

原発再稼働に向けた努力をすべき

問題を解決するための選択肢は3つです。

まず、ここまで述べたことを踏まえ、エネルギー問題の解決策を考えたとき、私はやはり原発再稼働に向けた努力をすべきだと考えます。ここで尻尾を巻いて逃げ出す、全部やめるというのは、完全な敗北思想です。原因を分析すれば安全な設計ができるのですから、技術的に乗り越えられない問題ではありません。
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原発再稼働の条件

原発再稼働の条件については、私の著書『原発再稼働「最後の条件」』(小学館)に書いた通りです。原因解明、安全対策の実施、地元住民への説明。ここから再稼働のためのステップを導き出していくことが必要だと考えています(詳細は図-26)。

この本は大飯原発3、4号機の再稼働問題で関西広域連合を説得するのに使い、原発を抱える地元の首長の方とも話し合いました。泉田新潟県知事とは20時間ほど、三村青森県知事も3回東京にいらっしゃって議論しました。
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原発依存度0%実現のためには、50%の節電が必要

もし原発の再稼働ができないのであれば、徹底した節電が必要です。原発依存度0%という選択をした国民に対し、50%節電を義務付ける。5年以内に50%以上の節電を達成できない電気機器はもう使わせないと宣言します。

50%を目標に節電を推進し、結果的に30%の節電を実現できれば、原発なしで大丈夫です。ただ、この場合、経済発展の余力はなくなりますので、すべてがうまくいくわけではないのですが。
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節電50%をどう実現するか。今、日本の家庭で一番電力を使っているのはエアコンと冷蔵庫です(図-28)。ということは、コンプレッサー(圧縮機)〈※23〉の効率を上げればいいのです。

オフィスで電力を使うのは照明と空調。つまりコンプレッサーとLEDです。卸と小売業では、照明と空調にショーケースが加わります。ショーケースにもコンプレッサーが入っています。製造業ではモーターとコンプレッサー。ですから、「コンプレッサーとモーターの効率を50%上げる」という目標を掲げることで、大幅な節電が期待できます。

米国でマスキー法(大気浄化法改正法)〈※24〉が成立した後、日本は世界に先駆けて、世界一厳しいと言われる自動車排出ガス規制値を定め、マスキー法の目標値を完全に達成しました。日本人は、目的を与えられるとそれに向かって邁進するという不思議な民族ですから、コンプレッサーとモーターの効率化も、私は可能だと考えています。

このほか、IT技術を利用して電力の流れを需給両面から制御できる送電網、スマートグリッド(次世代送電網)も実用化が期待されています。それから、建物の気密性の向上。壁や窓、天井など、部材と部材の隙間をできるだけなくすことで、大きな節電効果が期待できます。エンパイア・ステート・ビルでは、建物の気密性を高めることで電気使用料が半分になったと言われています。

※23:空気中の熱を受け取った冷媒を圧縮するための部品。冷蔵庫やエアコンなどの家電の「心臓部」にあたる。

※24:1970年、米国で制定された大気汚染防止のための法律。自動車の排出ガス規制などの基準を定めている。
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ガスパイプライン、高圧送電線でロシアのエネルギーを日本に

エネルギー問題解決策、第3の道は「ロシア」です。今、ロシアのウラジオストクに、パイプラインでガスと石油が集結してきています。ウラジオ-新潟間が800キロ。ここにガスパイプラインを引く。

もしくはサハリンから稚内を通って鹿嶋市まで1000キロ、パイプラインを引く(図-29)。稚内-サハリン間が40キロですから、十分可能な距離です。天然ガスをわざわざ液化してタンカーで運ぶより、パイプラインを引いてそのまま送る方がずっと効率がいいでしょう。
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一番いいのは、サハリンで発電した電力を、高圧送電線で送ってもらうという案です。日本の場合、発電所を建設するとなれば、まず環境アセスメントに5年間かかりますが、ロシアのプーチン大統領が指示すれば明日からでも建設できるでしょう。日本のCO2枠も使わずに済む。電気料金も大幅に安くなると思います。

パイプライン・高圧送電線の技術的可能性

海を越えてパイプラインや高圧送電線を通すことが技術的に可能かどうかということですが、結論から言えば可能です。図-30を見ていただければ分かる通り、今、欧州向けのパイプラインは2000~4000キロというものが珍しくありません。

たとえばロシアからトルコ黒海を通ってイタリア・オーストリアに至るサウスストリームは2500キロです(※25)。ロシアが全額負担して建設しています。サハリン-鹿嶋、ウラジオ-新潟は短い方です。
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高圧直流送電に関しても、海底を通るもの、地上のもの、いずれも1000キロ程度なら簡単にできます。今、中国では四川省の揚子江の上流で作った水力発電の電気を、高圧送電線で上海まで送っています。距離はざっと2000キロ、電力ロスは7%にすぎません。

こういった方法を組み合わせていけば、第3の道が可能だと私は考えています。これで、日本の北半分の電力はまったく心配なくなります。

※25:2014年12月、ロシアのプーチン大統領は、ルートの一部であるブルガリアの許可を得られなかったことなどからサウスストリームの建設計画を中止すると発表。ルートを変更し、黒海を経由してトルコ方面へのパイプラインを建設するとした。

ガスパイプラインは、コスト面でもメリットがある

LNG(液化天然ガス)について、図-31を見ていただきたい。日本はパイプラインが未整備のため、天然ガスをいったん液化してLNGで運び、また気化させます。

そのため、欧米に比べると割高になっているのです。日本は今、100万BTU(※26)あたり15ドルで買っていますが、欧州はその半分ほどの価格です。私はやはり、ガスパイプラインを直接日本に引くべきだと思っています。
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米国ではシェール革命(Seminar1-Chapter1参照)が起こりました。これにより天然ガスの価格が大幅に下落しています。米国の天然ガスの価格は、今100万BTUあたり3ドル50セント。

シェール革命の影響で、エネルギーを使うすべての産業のコスト競争力が上がる中、国境をまたいでパイプラインを引くのはもはや常識です。シェールガスの時代に日本が閉鎖的なエネルギー政策でどうするのか、というのが私の主張です。

※26:英国熱量単位。British thermal unitの略。標準気圧下において、質量1ポンドの水の温度を華氏60.5度から61.5度まで1度上げるのに必要な熱量の単位。主として米国で使用されている。
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図-32を見てください。シェール革命により、世界の天然ガスの流れががらりと変わって、ロシアは非常に焦っています。欧州でも値段が下がっていて、カタールは欧州でダンピング(※27)しています。

ロシアは欧州側の値段が下がってしまったので、なんとか極東の方に売りたいという状況です。ロシアにとっては頭の痛い問題ですが、日本にとっては今がチャンスです。

※27:公正な競争を妨げるほど不当に安い価格で販売すること。特に外国市場において、国内価格よりも安く販売すること。
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次世代燃料電池「Bloomエナジーサーバー」

それからもうひとつ、米国のBloom Energy社が開発した「Bloomエナジーサーバー」という燃料電池について触れておきましょう。ミッションクリティカルな病院やスーパーマーケット、eBay(米電子商取引大手)やGoogleのようなデータセンター、Bank of Americaなども、この製品を使い始めています。

2012年のハリケーン「サンディ」のときに、ウォルマートが3店舗だけ、この燃料電池を入れていたおかげで、ニュージャージーとニューヨークが停電に見舞われてもその3店舗は営業できたそうです。ウォルマートでは、東海岸の店舗すべてにこの燃料電池を導入しようとしています。

Bloomエナジーサーバーは、数十坪のスペースでおよそ5メガワット発電することができます。太陽光で2メガワットの電力を作ろうとすると、1万坪のスペースが要ります。天然ガスを使って発電するので、現在の米国のガス価格で発電すれば、ほぼ従来の電力と競えるところまで来ています。

省エネ家電、スマートハウスを輸出産業として育成

3つのエネルギー対策のうち、日本企業にとっての事業機会があるのは、2番目の「徹底した節電」です。

5年以内に家電商品の消費電力を50%削減することを義務付け、「災いを転じて福となす」くらいのしたたかさで、国家戦略として、スマートハウスや省エネ家電などを育成していくことで、それらが有望な輸出産業になっていく可能性が高いと考えられます。
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日本は世界第3位の地熱発電のポテンシャルを持っている

地熱発電も有望な分野です。Chapter2で述べたように、日本は世界第3位のポテンシャルを持っていますが、開発が遅れています。地熱タービンのメーカー別世界シェアでは三菱重工業・東芝・富士電機がトップ3です。インドネシアやニュージーランドが地熱開発をするときは、日本のメーカーがやっているのです。それだけの技術がありながら、国内でチャンスがないのは非常にもったいない。

日本の国立・国定公園内では地熱発電の開発ができないので、以前は「斜め掘り」と言って、公園の敷地外から斜めに掘るという大変なことをやっていました。2012年3月、条件付きで垂直掘りが認められることになりました。

あとは温泉組合の問題ですが、地熱発電は地下1.5~3キロメートルのところから高温の地下水を取るので、地表~地下数百メートルの深さからお湯を取り出す温泉とは競合していません。反対し続けると補助金がもらえるので、反対運動が長引くのです。

私は当時の細野原子力担当相に、温泉組合にも地熱発電所の株を持たせ、万が一のときには地熱発電で収入を得ることができる仕組み作りという対策も提案しています。
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原発と、太陽光発電+蓄電池を輸出産業として育てる

原子力発電については、前述したように福島第一原発事故の教訓を踏まえ、安全性を高めます。今、1カ月に1週間ぐらいオペレーターを再訓練するプログラムもできているので、原子炉とエンジニアやオペレーターを「人馬一体」で輸出する。

Chapter3で述べたように、日本のメーカーは優れた原子炉開発技術を持っていますから、日本の原子炉およびオペレーターは海外で高く評価されることになると思います。

それからソーラーパネルと蓄電池を組み合わせて輸出する。日本の太陽光発電技術はレベルが高く、経年劣化が少ないので、これは日本のお家芸になる可能性があると思います。

3つのエネルギー対策を同時に進める

エネルギー問題の解決策についてまとめましょう。まずは原発再稼働に向けた努力をすべきです。それが駄目なら徹底した節電をやり、最低3割の節電を達成すれば原発依存度0%でも大丈夫です。

第3の選択肢として、サハリンからの送電、あるいはパイプラインでガスを送ることを検討します。加えて地熱発電の推進と燃料電池の導入。これらの対策に取り組めば、日本のエネルギー構成はまた新しいバランスに達することになります。

これらの方法は、全部一緒にやっていいと考えています。原発再稼働で2割の電源を確保し、残る部分を節電で補い、余裕を持ってサハリンからの送電もやると電気料金が下がる。CO2排出の問題などもありますから、どれか1つだけ採用して他の案を捨てるのではなく、3案を同時並行的に進めていくのが望ましいでしょう。
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(大前研一向研会定例勉強会『日本のエネルギー問題(2013.2)』を基にgood.book編集部にて編集・収録)

*次回からは『大前研一ビジネスジャーナル No.5』の内容を掲載します。

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