2024/8/10

【国内初】青年版ダボス会議が長崎で開催。社会課題解決のカギは「ピースプレナー」

編集者・ライター
世界の政治や経済のリーダーらが集い、世界規模の課題について話し合う「ダボス会議」の若者版とも呼ばれる国際会議「One Young World(ワン・ヤング・ワールド)」の分科会「Nagasaki Peace-preneur Forum(長崎ピースプレナーフォーラム)」が国内で初めて長崎で開かれました(主催:One Young World長崎協議会)。
2024年5月11日から12日にかけて2日間にわたり開催されたこのフォーラムには、イランやウクライナなどの紛争経験地域を含む20カ国から、約150人の若者たちが集結。
世界各地で活動するピースプレナー(平和起業家)と呼ばれる若手実業家たちも多く参加し、世界平和の実現に向けて私たちが認識すべき課題や、取るべきアクションについて活発な議論を交わしました。
同フォーラム初日に基調講演を行ったのは、国連事務次長・軍縮担当上級代表の中満泉さん。1989年に国連に入職して以来、国際的な安全保障問題に取り組んできた日本人の一人です。
中満さんは長年にわたり国連の活動を通して多国間軍縮と軍備規制の達成を目指してきましたが、軍事費が拡大を続けていくシビアな現実に直面していると明かしました。
「2023年における世界の軍事費は2兆ドルを超え、過去最高を記録しました。これは世界のGDPの約2.3%に相当する額です」(中満さん)
そんな中、彼女をはじめ国連が期待を寄せているのが、ビジネスと平和維持活動を両立するピースプレナーたちの力。
現代社会を揺るがす新たな脅威に対抗していくためには、「従来のやり方にとらわれないイノベーティブな発想を持つ若者たちの視点や行動力が欠かせない」と語ります。
今後、ピースプレナーをはじめ「平和」を仕事にしたい人に求められる資質や、私たち一人ひとりが地球市民として安心して暮らせる社会をつくるためにできることは何なのでしょうか。中満さんの講演内容を一部抜粋して紹介します。
INDEX
  • 「戦争がなければ平和」ではない
  • ピースプレナーに必要な3つの資質
  • 深刻な状況下にいる若者の声に耳を傾けて

「戦争がなければ平和」ではない

世界情勢が劇的に変化し、目覚ましいスピードで技術革新が進む昨今。「平和の意味を改めて考え、定義し直す必要がある」と中満さん。
「平和とは、戦争や紛争がないことではありません。すべての人が市民として、政治的、経済的、社会的な権利を享受し、尊厳を保ち、Well-being(ウェルビーイング)を感じられる状態こそが、平和の核となる部分です」
(写真提供:One Young World長崎協議会)
個人が肉体的、精神的、社会的に満たされた状態でなければ、たとえ紛争がなくとも、「平和は一時的なものとして終わってしまう」と言います。
「平和維持のための活動というと、紛争の解決や国家の軍縮など、個人レベルでは手のつけられない規模の大きな話という印象を持ってしまう人は多いかもしれません。

ですが、実際はそんなことはありません。目の前にある不平等や不公平を一人ひとりが解消していくことが、平和な社会を構築することにつながります」
例えば、質の高い教育を実現すること、ジェンダー平等を目指すこと、貧困を削減すること、あるいは気候変動やエネルギー問題に対処すること。
私たち一人ひとりが自分の手の届く範囲から、あらゆる社会課題の解決に取り組むことが重要だと強調しました。

ピースプレナーに必要な3つの資質

また、平和分野で働きたい人や、平和維持活動とビジネスを両立するピースプレナーにとって重要な資質を紹介した中満さん。
長く国連の活動に従事してきた経験から、「イノベーション」「勇気」「希望と情熱」という3つのキーワードを挙げました。
では、この3つの資質は具体的にどんな能力で、なぜピースプレナーにとって重要なのでしょうか。
(写真提供:One Young World長崎協議会)
「一つ目のイノベーションとは、新しい扉を開き、新たな解決策を生み出す能力のこと。従来の方法論にとらわれず、創造的に問題解決に取り組む力が必要です」
人々の暮らしに大きな恩恵をもたらす新しい技術が次々と生まれていく中で、それらがすぐに兵器に応用されるなど、悪用されるスピードもますます速くなっています。
こうした問題に対処するには、「デジタルネイティブ世代のイノベーティブで柔軟なアイデアが非常に重要」だと力を込めました。
そして、「勇気とは、本当に大切なものを守るために、リスクを取ること」だと続けます。
彼女自身もかつて紛争が続いていたボスニア・ヘルツェゴビナで働いていた際、国連で定められた規則を破ってでも目の前にいる困っている人たちを助けるか否かの判断を迫られた瞬間があったそう。
平和の実現を仕事にするためには、自分にとってのコンフォートゾーンを抜け出して、リスクを背負う覚悟が必要だと言います。
さらに、「ピースプレナーの皆さんには、困っている人に『希望』を伝え続けてほしい」と中満さんは訴えました。
(写真提供:One Young World長崎協議会)
世界各地で平和を実現することは、一筋縄では解決できない課題に取り組むこと。つい抽象的な課題にばかり頭を悩ませてしまいがちですが、それだけでは問題解決につながりません。
それよりもまずは、目の前で困っている人にどうしたら希望を与えられるのか、困難な状況にいる人を助けられるのかを考えて、行動を重ねていくことが大切だと語りました。
また、異なる視点を持つ人たちの存在を尊重し、自分と反対の立場にいる人たちと対話を続けていくためには「情熱」も不可欠。自分自身が元気で幸福を感じられるようにケアしていくことも忘れないでほしいと会場にいる若者たちに呼びかけました。
(写真提供:One Young World長崎協議会)

深刻な状況下にいる若者の声に耳を傾けて

最後に、中満さんは2024年9月に国連が開催する予定の「未来サミット」について言及。このサミットには、世界各国から若者たちを招待し、今日の世界が抱える複雑化した課題について議論することを明かしました。
「いま、世界の若者の4分の1が紛争地域に住んでおり、子どもを含む若者たちが争いの被害者になることもあれば、否応なく武装集団に引き込まれて加害者になってしまうこともあります。

だからこそ私たちは、そのような深刻な状況下にいる若者たちの声に耳を傾ける必要があります。彼らが何を経験し、何を目にし、何を感じたのか。そして、そうした悲惨な状況を変える力を持つのもまた、若者たちだと思います」
国連は、2023年に「国連ユース・オフィス」を設立。今後ますます、若者とともに、若者のための国連の活動を拡大し、活性化していくための基盤を整えました。
中満さんは、「若者の皆さんが、多くの可能性と機会に満ちあふれたこれからの未来を実現してくれることを心から楽しみにしています」と期待を込め、講演を締めくくりました。
Shorna-Kay Richardsさん(駐日ジャマイカ大使)たちと(写真提供:One Young World長崎協議会)
One Young World長崎協議会は、来年以降も「Nagasaki Peace-preneur Forum」を定期的に開催していくことを発表。
フォーラム参加者や長崎県内に拠点を構える企業、行政などからの反響を受けて、「次回以降も、難民や紛争経験者などあらゆるバックグラウンドを持つ若者たちを世界各地から招き意見交換をしたい」(One Young World長崎協議会事務局 林田光弘さん)としています。
(写真提供:One Young World長崎協議会)
後編では、同フォーラムの長崎開催が実現した経緯や実施の効果、今後の展望などについてOYWアンバサダーの平原依文さんとOYW長崎協議会事務局の林田光弘さんに話を伺います。