2024/8/7

ITと漁業がコラボ。強烈な社員研修やチームビルディングに

フリーランス
好きを仕事に。魅力的な響きですが、いざ好きを仕事にしようと思ったときに直面するのが「どうやって?」という問題。そんなハードルに対し、「とりあえずジャンプしてみる」ことを選んだのが、中川めぐみさん

「釣り×地域創生」というテーマだけ決めて、具体的なビジネスプランはないまま独立しました。

3回目では、釣りとビジネスの意外な関係、そして「釣り×地域創生」から漁師や漁業、ひいては水産業界全体にまで広がりつつある中川さんの挑戦の今後について聞きました。(3回目/全3回)
INDEX
  • 経営者に釣り好きが多い2つの理由
  • 白えびの殻をむき、心の殻もむいていく
  • イケてる漁師を増やしたい

経営者に釣り好きが多い2つの理由

釣りとビジネス。一見関係がないように思える2つですが、「実は釣りはビジネスパーソンにも役立つ」と中川さん。釣り好きな経営者も多く、その理由は「楽しい」以外に大きく2つあるのではと分析します。
一つは、リフレッシュ効果。「釣りの間だけは仕事のことを忘れられる」と話す人は多いといいます。
(写真:marrio31 / gettyimages)
中川「飲みに行っても遊んでいても、何をしても仕事のことを考えてしまうけど、釣りの時間は『どうすれば釣れるか』を高速で考えて実践するから、ビジネスのことを考えないのだそうです。
『今この瞬間に集中する』という点で、釣りは禅のような効果があるのだと思います」
もう一つは、コミュニケーションの密度。釣りは「相手の人となりがよく分かる」と中川さんは続けます。
中川「ゴルフはプレー中にバラバラになることも多いですが、釣りはずっと同じ空間にいます。釣れないときにどんな態度を取るか、他の人がたくさん釣れているときにどう振る舞うかといったところに、めちゃくちゃ性格が出るんですよ。
釣った魚を一緒に食べれば飲食も共にしますし、普段とは違う環境だからこそ、人となりが見えるなと思います」
そうした釣りの効果を生かし、東京のAI系テック企業の経営者合宿に釣りを取り入れたことも。
中川「副業で釣り船をやっている漁師さんの船に乗せてもらい、釣りをしながら漁業や海の課題、チャレンジについて教えていただきました。
『この技術を使えば解消できるのでは?』など、普段関わりのない領域で自社のビジネスをどう生かすか、考える機会になったようです」
普段交わらないAI系テック企業と、漁師。意外な掛け合わせから、思いがけず新規事業が生まれる可能性もありそうです。そして、意外な交流は「漁師さんにとってもうれしいこと」と中川さん。
中川「漁師さんは水産の世界で閉じてしまうことが多いんです。だから外部の人と出会い、その人たちから『すごい!』と自分の仕事を評価されるのは、ものすごいモチベーションになるみたいですね。実際、漁師さんは本当にかっこいいんですよ。
それが伝わり、漁師さんの誇りや自信につながるのは、本当にうれしいなと思います」

白えびの殻をむき、心の殻もむいていく

現在は漁師を巻き込んだ企業向け社員研修も行っています。事例の一つが、富山県で行った東京のITベンチャーのエンジニア60人に向けた研修。
フルリモートで年2回しか全員が顔を合わせる機会がない企業で、「短期間でチームビルディングをすること」「記憶に残る強烈なメッセージを伝えること」の2つが大きな課題です。
先方の希望は「みんなの殻を破りたい」。それに対し中川さんが提案したのは、文字通りの「殻を破ること」でした。
中川「白えび漁師さんたちにご協力いただき、研修の最初に白えびの殻をみんなで破った(むいた)んです。一般的なエビと違って、白えびは1分で1匹むけないくらい難しい。
過去のデータ上、10人に1人くらい上手な人がいるのですが、そのときも4、5人異常にうまい人がいて。その人のところにみんなが集まって、『どうやってるの?』と白えびの殻むきをハックしようとしていました(笑)」
(写真提供:中川めぐみ)
白えびの殻むきを通じて、心の殻もむいていく。そのうえで、若手の白えび漁師たちの挑戦について話を聞きます。
中川「水産資源が減っていくなか、若手の漁師さんたちが『富山湾しろえび倶楽部』というチームを作り、白えびの価値を高めるチャレンジをしています。そうした新しい動きに対する外圧や自分たちの考えと異なる声ををどう乗り越えてきたのか、リアルに語ってもらいました」
ITと漁業。それぞれ全く異なる業界ですが、「舞台が違うからこそ素直に聞ける」と中川さん。
中川「同じ業界だと近すぎて聞く気になれなかったり、状況の違いが気になって参考にしづらい部分もあったりしますが、漁師さんの話なら面白い話として素直に聞ける。
そこに意外と自分たちでも使えるノウハウが交じっていたようで、皆さん興味津々な様子でした」
最後のプログラムは「グループごとに富山湾を創作ずしで表現する」というもの。1時間で富山について調べ、設計を固め、すしを作る。各チームで話し合い、クリエーティビティーを発揮していきます。
(写真提供:中川めぐみ)
中川「漁師さんや、ゲストでお招きした富山で活躍する地域プレイヤーから富山の文化や伝統、料理について教わりながら、創作ずしを作っていきました。
立山から富山湾をシャリで立体的に表現し、それぞれの高さ・深さで取れる食材をのせるなど、それぞれのチームの創意工夫が面白かったですね」
みんなで非日常を共有し、新しいものを創作する。そんなプログラムを詰め込んだ一日は、参加したエンジニアへ強烈なインパクトを与えました。
中川「漁師さんと東京のエンジニアさんたちが交流し、盛り上がっているのを見ていたら、うれしさのあまり本当に泣けてきちゃうこともあって。自分にとってこんなにうれしいことなんだなと、自分がやりたいことを再認識する機会にもなりましたね」

イケてる漁師を増やしたい

漁師を交えた研修という発想の起点にあるのは、「漁師さんの魅力を伝えたい」という中川さんの思いです。
中川「全国の港で釣りをするなか、漁師さんと触れ合う機会が増えてきて。最初は怖い印象だったんですけど、仲良くなったらすっごいかわいいんです。
ツンデレな感じのギャップ萌えに加えて、素晴らしいビジネスセンスや実行力など、こうした魅力をどうやったら広く知ってもらえるんだろうと考えるようになりました」
中でも「人との出合いが多い漁師さんほど面白い」と中川さんは目を輝かせます。
中川「例えば、東日本大震災を経験した漁師さんは、全国から来るボランティアの人たちをはじめとした接点があります。
それが自身の課題ややりたいことを言語化する機会になり、『おいしい・かっこいい』と直接言われることがモチベーションとなって、実際のチャレンジにつながっている。
そうやってイケてる漁師さんができているのだとしたら、漁業と関係ない業界の人と漁師さんたちが出会う機会をつくれれば、イケてる漁師さんを増やせるんじゃないかと思いました」
漁業を取り巻く現状は「めちゃくちゃピンチ」と中川さんは続けます。
中川「漁獲量も漁師さんの人数も減っていますし、それなのに浜での魚の単価は上がりません。世界では資源不足で魚がいなくなるといわれていますが、日本の場合は魚の前に漁師さんがいなくなるといわれるくらい、危機的な状態です」
そうした状況を受け、水産養殖にテクノロジーを活用するなど、水産テックが盛り上がりつつあります。水産業界にも危機感があるからこそ、「新たなチャレンジをして変わっていこうとする雰囲気が高まっている」と中川さん。
中川「3月に行われた『水産未来サミット』では、漁業を未来につなげたい漁師さんや漁業関係者など100人以上が自腹で全国から宮城県気仙沼市に集まり、1泊2日で議論をしました。
私もボランティアスタッフとして運営企画から携わっていますが、今後の水産業はめちゃくちゃ面白くなるなとワクワクしましたね」
「釣り×地域活性」から始まった中川さんの活動は、現在は漁師や漁業、水産業全体にまで広がりつつあります。良い未来をつくるためにも、引き続き漁師さんの魅力を伝えていく。そのために、料理人を育成する学校と「魚学旅行」の取り組みも始めました。
中川「今はネットでも魚が買えるなど、昔以上に魚をとる人たちと物理的な距離ができても料理ができてしまいます。でも、それでは料理を通じて伝えられるものが少ないし、良い食材の供給も持続しません。
そこで料理人の皆さんと漁師さんに会いに行き、漁や魚の締め方を習って実践することなどを体験してもらいました」
料理人が漁師や魚への理解を深めるほかに、料理人と漁師のコネクションができることで買い付ける魚の相談ができるようになるなど、双方にとってメリットがある取り組みです。
中川「さまざまな人と漁師さんの接点をつくり、イケてる漁師さんが増えていけば、水産業界の未来も良くなっていくはず。そのためにも漁師さんや地域の魅力がどうすれば伝わるのかを考え続け、伝え方の幅を広げていきたいと思います」