2024/8/7
企画書より人の縁。“魚払い”できるビジネスが実現した秘訣
好きを仕事に。魅力的な響きですが、いざ好きを仕事にしようと思ったときに直面するのが「どうやって?」という問題。そんなハードルに対し、「とりあえずジャンプしてみる」ことを選んだのが、中川めぐみさん。
「釣り×地域活性」というテーマだけ決めて、具体的なビジネスプランはないまま独立しました。
2回目では、中川さんの「好き」から始まった「釣り×地域活性」が、具体的にどのようなかたちで実現したのか、釣った魚をクーポンや地域通貨で買い取る「ツッテ熱海」「ツッテ西伊豆」の取り組みについて聞いていきます。(2回目/全3回)
「釣り×地域活性」というテーマだけ決めて、具体的なビジネスプランはないまま独立しました。
2回目では、中川さんの「好き」から始まった「釣り×地域活性」が、具体的にどのようなかたちで実現したのか、釣った魚をクーポンや地域通貨で買い取る「ツッテ熱海」「ツッテ西伊豆」の取り組みについて聞いていきます。(2回目/全3回)
INDEX
- 「釣りすぎたならちょうだい」から始まった
- 起点は「相手のために何かをしたい」
- 「ツッテ〇〇」の依頼のほとんどを断る理由
「釣りすぎたならちょうだい」から始まった
「ツッテ熱海」「ツッテ西伊豆」は、それぞれ静岡県熱海市、西伊豆町で行っている、釣り人が釣った魚を産地直売所がクーポンや地域通貨と交換する仕組みです。
地域側は一本釣りでしか取れない珍しい魚が手に入り、漁師不足による漁獲量減少といった課題を解決でき、釣り人は地域通貨などを使いながら地域のさまざまな魅力を知ることができます。
この仕組みが生まれたきっかけは、1年間で100地域、100釣りを目指して釣りをする中での中川さん自身の体験にありました。
中川「下田でブリを3本も釣ってしまって。絶対食べ切れないし、そもそも持ち帰れる量じゃない。調子に乗って釣ってしまったけど、捨てるなんてあり得ないし、どうしよう……と、仲良くしていただいている熱海の魚市場の社長に電話したんです。
そうしたら、『熱海は今日、魚不足だからちょうだい』と言われて。
魚代にと数千円をいただいたのですが、『このお金を地域外に持ち出すのは違う気がする』と、熱海で食事やお土産の代金に使わせていただいたんです。そうしたら『これって"魚払い”で町を楽しんでるみたい』と思えてきて。
魚市場の社長にお話ししたら、『じゃあ企画として観光客も楽しめるように形にするか』とお話が進んでいったんです」
こうして「ツッテ熱海」の仕組みが生まれ、その後「ツッテ西伊豆」へと続いていきます。
ツッテ西伊豆では西伊豆町役場から正式に仕事として依頼を受け、「漁師不足による漁獲量減少への対策」「観光客や関係人口を増やす起爆剤にする」など、より町の課題解決に深く携わる取り組みにできたそう。
しかし起点となったのは熱海の魚市場の社長の一言であり、その人との出会いがなければこれらの取り組みはありません。
では、キーパーソンである熱海の魚市場の社長とはどのように知り合ったのか。そんな質問に、「確か○○さんにご紹介いただいたのが最初だったはず……」と考え込む中川さん。出会いのきっかけが曖昧になるくらい、独立前後はさまざまな人と会っていたといいます。
中川「最初はビズリーチの地域創生支援室で出会った各地域のプレーヤーの方を頼りつつ、行った先々で『次はどこへ行ったらいいと思いますか?』と現地の方に次の行き先を紹介してもらっていました。
『笑っていいとも!』の『テレフォンショッキング』みたいな感じですね」
他に、地域の役所や漁業関係者などに直接アポを取って会うことも。まだ「釣り×地域活性」で何をするか見えていない段階から、「夢だけ語っていた」と振り返ります。
中川「『釣りで地域活性ができると思っています。何ができるかまだわからないけど、地域の勉強をしたいのでお話を聞かせてください』とアポを取っていました。
目指したい世界観ややりたいことを資料にまとめているけど、その方法はどこにも書いていない。私の妄想が書かれた紙を持って、夢だけ語る、みたいな感じでした」
だから「『で?』ってよく言われました」と苦笑いしながら続けます。
中川「今思うと迷惑だった方もいただろうなと思います。でも、意外と一緒に考えてくれたり、『この人に会うといいんじゃない?』と教えてくれたり。快くお話を聞いてくださる方も多くて、本当にありがたかったですね」
起点は「相手のために何かをしたい」
水産の世界は男社会。地域外から来た女性が一人で入り込むのは難しそうですが、「ずうずうしく入ってみると、皆さん情が深くて良い方ばかり」と中川さんは楽しそうに話します。
中川「性別に関係なく、よそ者を歓迎しない雰囲気は正直あります。でも、グイッと一歩踏み込んでみると案外受け入れてくださる。一緒に3軒スナックへ行ったら『もうお前は仲間だ!』なんてことも(笑)」
むしろよそ者かつ女性という珍しさから「面白がってもらえることもあった」と中川さん。
中川「水産業に限らず、歴史ある業界にはさまざまな慣習があります。業界内では口出ししにくかったり、慣習に反することを新しく進めるのが難しかったりもする。
そんな時に『なぜこうなっているんですか?』と素朴な疑問として聞けるのは、よそ者の特権だと思いますね」
その際、「リスペクトを持つのはとても大切」と続けます。
中川「水産業の方たちと話していると、事情を知らない外部の人間から実態に合わない上から目線な提案をされることもあると聞きます。
漁師さんや水産業への敬意を持てば、接し方や見方は変わるはず。そうすることで寄り添った提案ができるようになるのだと思っています」
萎縮しすぎると入り込めず、遠慮がなさすぎると嫌がられる。微妙なバランスでよそ者の中川さんが水産の世界に入り込めているのは、根底に「相手のために何かをしたい」という強い気持ちがあるから。
その思いを起点に人とのつながりを築き、そこから生まれたのが「ツッテ熱海」。ビジネスモデルを固め、企画書を作り込む方法とは逆のアプローチを取ったからこそ、「ツッテ熱海」は生まれたと中川さんは話します。
中川「何もないなかで熱海の魚市場の社長と一緒に『これ仕組み化したら面白いかも!』みたいなノリで考えたからこそ、『ツッテ熱海』は生まれたサービスだと思います。
『釣りすぎてしまった魚』からビジネスを考えようとしていたら、魚を氷詰めして郵送できる仕組みを整えるような方向に進んでいた気がしますね」
「私、本当にビジネスセンスないんですよ」と中川さん。
中川「『ツッテ熱海』の構想を他の人に話したら『めっちゃ面白いじゃん!』って想像以上の反応があって。『こういう要素を加えたらビジネスとして成立するよ』って教えてくれました。そうやって周りの人が可能性に気づかせてくれたというか」
地域の人と一緒にアイデアを考え、ビジネス化するところは他の人たちからヒントをもらう。それが中川さん流の新規ビジネスの立ち上げ方なのかもしれません。
中川「私がやっているのは、とりあえず風呂敷を広げるところまで。『広げるだけなんかい!』って感じですけど、私自身が余白(できないこと)だらけだから、みんなが埋めようとしてくれるのかもしれないですね」
「ツッテ〇〇」の依頼のほとんどを断る理由
「釣りすぎてしまった魚を無駄にしたくない」という中川さんの体験から始まった「ツッテ熱海」と「ツッテ西伊豆」。手応えはあり、地域で自走もでき、良い取り組みとしてメディアでも取り上げられました。
注目を集めたことで他の地域の自治体や企業からコンサルティングの依頼も来るようになりましたが、中川さんは依頼のほとんどを断っているといいます。
中川「地域の漁業が元気で、地元の魚が地域に流通しているのであれば、やらなくていいことだと思うんですよ。
熱海では一本釣り漁師が少ないなか、市場に出回らない魚を地元の人たちが買えるようになったと言っていただけましたし、西伊豆でも漁業者不足から地元の魚が出回らず、観光の町なのに『地物』と書けない課題を打破できはじめています。
そういう課題がないなかで同じ仕組みを取り入れてしまうと、漁師さんの領域を単に侵害するだけになりかねません」
中川さんがやりたいのは、釣り人口を増やすことではなく、釣りを通じて地域を元気にすること。そして、釣りや漁師、漁業の魅力を伝えること。
その軸をブラさず、あくまで地域の事情に合わせていく。「そこにはこだわりたい」と中川さんはいいます。
中川「地域活性に取り組んでいる方々は、地域の循環を大切にしています。その姿勢をたくさんの地域で教えていただいたので、私もそうしたいんです。
釣りで地域活性する方法はたくさんあるはずなので、『ツッテ〇〇』を横展開することよりも、各地域に合うやり方は何か、その地域の人たちと一緒に作っていきたいですね」
次回は、釣りとビジネスの意外な関係、そして「釣り×地域活性」から漁師や漁業、ひいては水産業界全体にまで広がりつつある中川さんの挑戦の今後について聞きました。
執筆:天野夏海
撮影:大橋友樹
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:奈良岡崇子
撮影:大橋友樹
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:奈良岡崇子