2024/8/7
1年間で100地域、100釣り。35歳で「釣りアンバサダー」に
好きを仕事に。魅力的な響きですが、いざ好きを仕事にしようと思ったときに直面するのが「どうやって?」という問題。そんなハードルに対し、「とりあえずジャンプしてみる」ことを選んだのが、中川めぐみさん。
「釣り×地域活性」というテーマだけ決めて、具体的なビジネスプランはないまま独立しました。
現在は釣りや漁業を切り口とした観光コンテンツの企画やPR、企業研修などの活動をしている彼女は、どのように「好き」を仕事にしていったのでしょうか。(1回目/全3回)
「釣り×地域活性」というテーマだけ決めて、具体的なビジネスプランはないまま独立しました。
現在は釣りや漁業を切り口とした観光コンテンツの企画やPR、企業研修などの活動をしている彼女は、どのように「好き」を仕事にしていったのでしょうか。(1回目/全3回)
INDEX
- ゲームとは違う、生命の振動
- 「釣り×地域活性」で独立を考えた2つの理由
- ビジネスモデルは見えず、貯金が減る不安な日々
- 広報経験がブレークスルーのきっかけに
- 「ビジネスモデルを考えるのは向いてないよ」
ゲームとは違う、生命の振動
中川さんと釣りの出合いは、およそ10年前。勤務先のGREEで新規事業を考える機会があり、当時のヒットゲーム「釣り★スタ」に目をつけたのがきっかけでした。
中川「釣りのECや予約サイトなどを『釣り★スタ』が人気のGREEが運営したら面白いと考え、企画を提案しました。そうしたら部長たちにプレゼンするなかで『実際の釣りはどんな感じなの?』と聞かれて。チームに釣り経験者はゼロだったので、慌てて釣りへ行くことになったんです」
初心者歓迎、手ぶらOKなプランで木場駅の近くから出る釣り船に乗り込み、そこで初めて魚を釣った感動が、中川さんの“釣り沼”への入り口となりました。
中川「ゲームのブルブルッて振動とは全然違う。釣ったときの手に伝わる、生命のブルブルッて感触に『これが狩猟本能なんだ……!』と感動しました」
「釣りはコアな趣味でなく、気軽なアクティビティなんだ」と認識がガラッと変わったという中川さん。さらに釣った感動をSNSでシェアしたところ、友人から「私も釣りをしてみたい」という反応が。そうした声もまた、中川さんを釣りに駆り立てるきっかけになったといいます。
中川「友達を連れて釣りに行き、その友達がSNSに投稿し、また別の友達と釣りに行き……と繰り返すうちに、気づけば100人以上を釣りデビューさせていました。自分一人で釣りにハマっているだけだったら、ときどき釣りに行くくらいで終わっていたかもなと思います」
「釣り×地域活性」で独立を考えた2つの理由
中川さんのもう一つの関心領域が、地域活性。独立直前に勤めていたビズリーチでは地方創生支援室の広報を担当し、東京のプロ人材と地域企業のマッチングを通じて地域活性化を目指すプロジェクトのPRをしていました。
仕事を通じてさまざまな地域と関わるなか、中川さんが「釣り×地域活性」で独立を考え始めた理由は大きく2つ。
一つは、自らが事業を作るプレーヤーとしてやりたい気持ちが芽生えたこと。そこで頭に浮かんだのが、以前から漠然と考えていた「釣り×地域活性」のアイデアでした。
中川「旅行をするとき、お金を払う旅行者と、受け取る側の地域のサービス従事者に立ち位置が分かれてしまうことに寂しさを感じていたのですが、釣りは違います。
釣り船で偶然乗り合わせた地元の方たちとは利害関係なしに仲良くなれますし、船上で知り合った方から飲食店を紹介してもらい、釣った魚を料理していただき、お店の常連さんたちと一緒に盛り上がるなど、釣りが地域のさまざまな人や文化への入り口になるんです」
釣りの面白さは釣ることだけでない。その気づきが、釣りを通じた地域活性という発想につながっていきました。
そして独立を考えるようになったもう一つの理由は、当時の35歳という年齢です。
中川「今は全くそう思いませんが、そのときは35歳が大きなジャンプができる最後のタイミングかもしれないと勝手に思っていて。
小さい頃から他の人がやっていないことをするのが好きだったので、自分なりの何かを作ってみたいと思い、そのときに一番興味があった『釣り×地域活性』でとりあえずジャンプしてみることにしました」
具体的に何をするかが固まっていないなか、中川さんが思い切って「やってみる」という選択肢を取れた理由として、「背中を押してくれた会社の存在も大きかった」と中川さん。
中川「ビズリーチの当時の役員が『そんなにやりたいならやってみなよ。駄目だったら戻っておいで』と言ってくれて。あの言葉がなかったら、ジャンプできたかはわからないですね。温かく応援してもらえたことを本当に感謝しています」
ビジネスモデルは見えず、貯金が減る不安な日々
「釣り×地域活性」というテーマを携え、とりあえず進み出した中川さんにとって、最初の半年間は「どうやって形にしていくか」を試行錯誤した期間。
まずは現場を知ることから始めようと、「1年間で100地域、100釣りをして、ブログを100記事書く」を目標に全国を釣り行脚する日々が始まったものの、減り続ける貯金に不安はどんどん募っていきました。
中川「ビジネスモデルは見えないし、お金はすごい勢いで減っていく。お金を気にして交流会や飲み会も制限するようになり、『1駅歩けば210円節約できる』と考えるくらい、余裕がなくなってしまって。ストレスで抜け毛が激増するくらい、追い詰められていましたね」
独立後の半年間はほぼ無収入。「副業は絶対しない」と決めていたことも、中川さんの首を絞めることとなりました。
中川「新しいビジネスが軌道に乗るまでの間、副業で生活費を稼いだ結果、本業がおろそかになってしまったケースを耳にしたことがあって。
自分もそうなりそうだと思って、かたくなに本業だけをやろうとしていましたが、かえって視野が狭くなってしまったなと思います」
先に起業していた先輩から「いったん副業して余裕を作ったほうがいい」というアドバイスを受け、広報の副業を始めたことで生活は安定。「精神的にも一気に余裕が生まれた」と中川さん。
中川「お金も時間も自由に使えるようになったら活動範囲が広がり、自分のことを知ってくれる人が増え、仕事の声がかかって……という連鎖が始まったんです。余裕、すごい大事なんだなって痛感しましたね」
「さらに言えば、会社に勤めながらやる方法もあった」と続けます。
中川「不器用なこともあって、かたくなに『辞めてから動かなきゃ』と考えていたけれど、『それだけじゃないよ』っていうのは当時の自分に伝えたいですね。
最初は土日など趣味の範囲で始めて形になりそうだと思ったらシフトする、新規事業として社内で提案するなど、会社員という基盤を生かしてチャレンジする方法もあったなと思います」
広報経験がブレークスルーのきっかけに
中川さんに訪れた最初のブレークスルーは、独立から約1年後。目標だった100記事に近づく頃、メディアから声がかかります。
中川「1年間で100地域で釣りをするっていう異常な動き方だったこともあり、メディアさんが活動を取り上げてくださったんです。その記事を見た自治体や大学など、いろいろなところから声がかかるようになり、ポロポロと講演やPRの相談が来るようになりました」
「1年間で100地域、100釣り」というキャッチーな目標は、広報経験のある中川さんが狙って設定したもの。他にも自身に「釣りアンバサダー」という肩書をつけたことが功を奏したと振り返ります。
中川「独立する頃、広報の先輩から『今のあなたを一言で表したら何?』と言われたことがあって。それで『釣りアンバサダー』と勝手に自称するようになったのですが、そのおかげて何をやっているかが伝わりやすくなったかなと思います」
「釣りアンバサダー」を名乗り、1年間で100地域、100釣りをしたインパクトは大きく、中川さんがいない場所でも話題にしてもらえたり、仕事を紹介してもらったりと、「釣りで地域活性を目指す女性」のアイコンになったことで「活動の輪がどんどん広がっていった」と中川さん。
中川「誰でも何かしらの突き抜け方があるのだと思います。ただコーヒーが好きな人よりも、何百種類ものコーヒーを飲んでデータ化した人のほうが『この人やばいな』ってなるじゃないですか。
とっぴなことをする、回数を重ねるなど、やりようはいくらでもある。それを発信する手段もありますし、好きを仕事にしたい人が現代で生きる道はたくさんあると思います」
「ビジネスモデルを考えるのは向いてないよ」
広報経験を生かし、自ら発信することで「釣り×地域活性」に一歩進めた中川さんですが、自らビジネスモデルを考え、事業を生み出そうとしなかったわけではありません。
中川「実は独立前、釣りや漁業の体験ができる予約制のプラットフォームを作ろうと思っていたんです。事業計画書も書いて先輩経営者に見てもらったんですけど、『これじゃすぐ死ぬね』と(笑)」
独立して7年目となる今は、2度目の迷いの時期。依頼された仕事に応えるだけでなく、自分発信で何かを作ることにシフトしたい……。ビジネスモデルを悶々と考えるなか、ビジネスの先輩たちから言われたのは、「それ、中川さんには向かないよ」でした。
中川「『これが面白いんです!』『この人はすごいんです!』と目を輝かせて話している中川さんの姿を見て、『この子は面白いな』と応援したくなるのに、急にビジネスモデルなんて言い出すと面白くなくなる──私のことをよく知ってくださっている方々からは、そう言われました」
独立や起業を考えるとき、経営や事業戦略の知見が不可欠な気がしてしまうものですが、それが全てではなく、それ以外の経験や自分の持ち味を生かして道を作っていく方法もある。中川さんの話からは、そんな教訓が見えてきます。
中川「私がやりたいのは、自分が好きなものをちゃんと伝えること。めちゃくちゃイケてるのに、本人も周りもその魅力に気づいてない何かに対し、『超かっこいいですよ!』と伝えて、みんなが魅力に気づいていく瞬間に『うわ〜!』ってうれしくなるんです。
『自分が輝かせる』のではなく、『輝いていることを知ってもらう』。そのための方法を私なりに、いろいろ作っていきたいと思っています」
次回は、中川さんの「好き」から始まった「釣り×地域活性」が、具体的にどのようなかたちで実現したのか、釣った魚を地域通貨で買い取る「ツッテ熱海」「ツッテ西伊豆」の取り組みについて聞いていきます。
執筆:天野夏海
撮影:大橋友樹
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:奈良岡崇子
撮影:大橋友樹
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:奈良岡崇子