教育界に破壊的イノベーションを仕掛ける7人の男たち

2015/6/28
大学受験産業は右肩下がりだ。少子化によって大学入学のハードルは下がり、浪人生の数は減少する一方だ。その象徴が、2014年の代々木ゼミナールの大規模閉鎖と言える。もはや「日々是決戦」と唱え、200人の大規模教室で一斉に授業を受けるのは時代遅れとなった。
業界がじりじりと縮小していく中、台頭しているのがeラーニングだ。PCやスマートフォンを通じて受講できる便利さもあり、注目が高まっている。「今でしょ!」で有名な林修氏が所属する「東進ハイスクール」、通塾型の衛星予備校がいち早く取り組んでいる。
ちなみに大学受験に限らなければ、ビジネスパーソン向け動画サービスの「スクー」も有名だ。また、直近ではアメリカ発のサービス「Udemy(ユーデミー)」もベネッセとタッグを組み日本に上陸した。
eラーニングビジネス全体が盛り上がっていく中で、破壊的イノベーションを起こしているサービスがある。それが「受験サプリ」だ。授業はすべてスマホやPCから動画で見る、完全オンライン型の受験サービスである。
ゼクシィやスーモなどマッチングビジネスが王道のリクルートにとって、コンテンツの作成、課金ビジネスへの参入は初めてだ。だが、業界の常識を覆す手法で大成功を収めている。

破壊の両輪は「価格」と「圧倒的なコンテンツ力」

2012年からスタートした受験サプリ。初年度に18万人、2年目には28万人と爆発的なスタートダッシュを切った。その起爆剤となっているのが「低価格」と「圧倒的なコンテンツ力」だ。
教育業界を震撼させたのはその価格、なんと「月額980円」。通塾型の予備校に通えば、年間50万円、場合によっては100万円近くの授業料を支払うことになる。それを考えれば破格の安さだ。
一般的にeラーニングはマネタイズが難しいとされてきた。勉強という性質上、ゲームなどとは異なり、課金のインセンティブが弱いからだ。加えて、100円や250円などの少額課金がしにくい点も課金へのハードルを上げている。
一方、無料にして広告回収で稼ぐというモデルも教育コンテンツでは相性が悪い。日本ではいまだに「教育にはカネを払うのが当然」という意識が浸透しており、無料の教育コンテンツでは質に疑問を抱かれることもある。
それを踏まえて月額980円という値づけを改めて考えてみると、「絶妙」と言える。リクルートにしかできない芸当だろう。
なぜか。従来の予備校のビジネスモデルでは建物の賃貸料や人件費が重荷になっている。安々と値下げすることは自らの首を締めることになりかねない。
一方、スタートアップでは事業規模の点で継続性がない。動画コンテンツを自前で作成できたとしても、システムの構築などの初期投資に莫大な費用が先行してかかり、その後の回収の手間を考えると割に合わないからだ。
だが、リクルートの強力なリソースがあれば可能だ。サービス開始から一挙に、テレビCM投下という“飛び道具”を使ったかと思いきや、マンパワーを生かし、各高校に営業部員を張り付け、地道な営業活動を徹底。昨年の会員数は30万人(うち有料ユーザーは13万人)を超え、700校以上で利用されている。
すでに先進的な高校では大規模導入が進んでいる。中でも高校1年から3年に大規模導入されている奈良県・西大和学園高校が有名だ。同校は1986年の開校時は地方公立高の「滑り止め校」にすぎなかったが、効率的な勉強法を研究し、わずか30年で関西地区の最難関進学校へと躍進した。今や京都大学合格率で日本一となり「西大和の奇跡」と呼ばれる同校において、受験サプリは受験攻略のための切り札になっている。

さらに進化する、受験サプリ

無論、「安かろう悪かろう」では人は集まらない。
980円でなお、おトクと思わせるコンテンツ力が必須だ。その点、受験サプリの講師陣は豪華だ。英語教師の関正生氏や日本史の伊藤賀一氏など、受験生なら一度は名を聞いたことのある「超有名講師」がずらりと並んでいる。
唯一課題を挙げるとしたら機能面の進化だろう。現在の講義スタイルは従来の黒板の前の先生の授業を動画に移植しただけである。まだネットやスマホへ最適化されたかたちとは言えない。
こうした課題は残っているものの、従来の予備校ビジネスをディスラプトしていることだけは間違いない。
そして、そのインパクトはさらに拡大していくだろう。講義内容は大学受験向けから小学校4年向けにまで拡充している。急落する大学受験市場に対し、いまだ縮小がゆるやかな学習塾市場全体を見据えている。
この受験サプリを発案し、立ち上げたのがリクルートマーケティングパートナーズ社長、山口文洋だ。山口はここまでの軌跡をこう振り返る。
「本当に運命みたいな縁でスター軍団が集まってきたんです」
その言葉の通り、ディスラプションは山口一人で起こしたものではない。その影に、業界や国境の垣根を超えて集うイノベーターたちがいた。
特集「教育界の破壊者 受験サプリに集う7人のイノベーター」では、山口のもとに集った6人のイノベーターを取材した。彼らが何をなそうとしているのか。それぞれの視点から受験サプリの全貌を描く。