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第2回:仕掛け人は「ドリームチーム」生みの親

12年で8700億円が動く、米国カレッジスポーツの「過剰」商業主義

2015/6/26

サッカーW杯を凌ぐ大型契約

前回は、アメリカのカレッジスポーツの人気の高さについて書いたが、人気だけならば、日本にも甲子園や箱根駅伝などの国民的関心を集めるアマチュアスポーツイベントはある。だが、ことビジネス的側面から見れば、カレッジスポーツは別世界だ。

スポーツにおける収益源にはチケットやグッズの売り上げなどがあるが、アメリカのカレッジスポーツではプロスポーツと同様、テレビ放映権料から得る収益が何と言っても大きい。

前回の記事でも記したように、ここで言うカレッジスポーツとは群を抜く人気を誇るアメリカンフットボールと男子バスケットボールを指す。この2つの種目は、放送局にとっても「カネの成る木」と呼べるコンテンツとなっている。

たとえば、米ケーブルスポーツ専門局のESPNが昨年から始まったカレッジフットボールのプレーオフ(4校によるトーナメント戦で決勝戦が全米優勝決定戦となる)と結んだ放映契約は12年で総額73億ドル(約8700億円)。

その金額もさることながら、契約年数の長さにも驚かされる。契約期間の長さは、コンテンツの魅力の大きさと他放送局との放映権争いの激しさの証左と言えるだろう。

ちなみにアメリカ四大ネットワークのひとつ、フォックスが2018年と2022年のサッカーW杯放映のために支払う金額は4億2500万ドル(約510億円)。いかにカレッジフットボールの価値が高いかが、わかるだろう。

「パワー5」は実質上「プロリーグ」

テレビ局との放映権締結の窓口とは、1980年代半ばまではアメリカカレッジスポーツを統括する全米大学体育協会(NCAA)が担っていたが、やがてカンファレンスごとに行われるようになった。カンファレンスとは地域や競技の実力などの近似する学校で構成される、いわばリーグである。

このカンファレンスがそれぞれに放送局と放映権料交渉を行い、人気と実力のあるカンファレンスは莫大な金額が懐に入るようになった。ちなみに現在のアメリカカレッジスポーツ界には「パワー5」と呼ばれる人気と実力を兼備する五大カンファレンス(ビッグ10、ACC、パック12、SEC、ビッグ12)があり、とりわけ莫大な収益を上げている。

近年では、これらのパワー5カンファレンスがESPNなどの既存の放送局と手を組み、「ビッグ10ネットワーク」「パック12ネットワーク」といった具合に自らのカンファンレス専門放送局を立ち上げ、収益増を後押ししている。

ちなみに、多くの競技が全米レベルにあるテキサス大学などは「ロングホーンネットワーク」という同大のみのチャンネルを設立し、年間1億6100万ドルを上げる全米で最もスポーツ収益の高い大学のひとつである(USAトゥデイ紙によれば約1億9600万ドルのオレゴン大学に次いで第2位)。

いずれにしても、こうした莫大なテレビ放映権料を手にしたパワー5カンファレンスの収益はアマチュアスポーツの領域を超え、実質上のプロリーグと化している。トップのビッグ10カンファレンスは、2012年度に約3億1800万ドル(約380億円)もの収益を挙げた。

その内訳はテレビ放映権料が約300億円、フットボールのボウルゲームと呼ばれるポストシーズンの試合から分配される金額が約55億円、全米男子バスケットボールトーナメントからのそれが約28億円。これが各大学に分配されている。

トップ監督の年収は7億円以上

チームを束ねるヘッドコーチの給与もまた破格だ。男子バスケットボールの名門ケンタッキー大学の指揮官、ジョン・カリパリの大学からのサラリーは約600万ドル(約7億2000万円)、フットボールではアラバマ大学の名将ニック・セイバンのそれが約690万ドル(約8億2000万円。ともにUSAトゥデイ紙調べ)と、プロ並かそれ以上の額を得ている。

各州のパブリックエンプロイー(公務員)の最高給与所得者を見ても、50州のうち8割は州立大学のフットボールか男子バスケットボールのヘッドコーチである。

アメリカカレッジスポーツの商業的肥大化に関しては、アメリカ人の中ですらも「Over the top」(やりすぎ)と眉をひそめる者もいるほどだが、この流れはどこで始まったのだろうか。

元ビッグイーストカンファレンスのコミッショナーでデイブ・ギャビットという人物がいる。いや、2011年に他界しているので「いた」だ。このギャビットがカレッジスポーツのテンターテインメント化と商業化を推し進めたパイオニア的存在だ。

ケンタッキー大学の監督を務めるジョン・カリパリは、NBA監督と同等以上の年俸7億2000万円を手にする(Andy Lyons/Getty Images)

ケンタッキー大学の監督を務めるジョン・カリパリは、NBA監督と同等以上の年俸7億2000万円を手にする(Andy Lyons/Getty Images)

ベンチャー放送局ESPNと組んで発展

もともとは、プロビデンス大学男子バスケットボール部のヘッドコーチとして成功したが、類いまれな事業・ビジネスの感覚のあったギャビットは、北東部のバスケットボールの強いカトリック系大学を集約すればテレビ視聴率を稼げるビジネスになると算段をつけ、1979年にビッグイーストカンファレンスを創設。

当時、まだコネチカット州の田舎町にできたばかりのベンチャー放送局だったESPNとタッグを組んで、より多くの試合を中継してもらうことで人気を集めるようになった。

また、シーズン末のカンファレンストーナメント(王者決定トーナメント)をニューヨークのマジソンスクエアガーデンで開催することでその価値を上げ、ステータスを上げた。

現在のテレビ中継による人気と収益を獲得するビジネスモデルは、後にUSAバスケットボールの代表として1992年のバルセロナ五輪に“ドリームチーム”を送り込んだこのギャビットのビッグイーストから始まったと言っても過言でないのだ。

しかし一方で、アメリカカレッジスポーツの成功も限定的でしかないという見方もできる。これまで紹介したように、巨額のカネが集まるのはフットボールと男子バスケットボールの、パワー5を中心とした人気強豪校ばかりだ。中堅以下のカンファレンスは経済的に苦しんでいるところも少なくない。

多くの大学では実際、フットボールとバスケットボール以外の競技は赤字のようで、筆者が最近話を聞いたバスケットボールがまずまず強いアメリカの某大学の体育局長(学内のスポーツを統括する役職)によれば、ほかの赤字競技の補填のためにバスケットボールで収益を挙げなければならない、というようなことを口にしていた。

社会主義的なNFL、資本主義的なカレッジ

話を再びフットボールに戻すと、レギュラーシーズンで年間11から12試合しか行えないフットボールはかなりいびつな状況で、パワー5以外の学校がたとえ全勝シーズンを送ったとしてもポストシーズンの4校のプレーオフに出て全米王者を目指すことすらほとんどかなわない。

最近はようやく落ち着いているが、2〜3年前はカンファレンスの再編が異様なまでに激しかった。再編とは、たとえば、チームとカンファレンスの利害が一致する(チームはよりメジャーなカンファレンスへ移ることで、カンファレンスも人気実力校を引き入れることで互いに収益増を見込める)ことで、Aという中堅カンファレンスからBという強豪カンファレンスに転籍するというようなことだ。

日本では大学野球の東都リーグに在籍する大学が東京六大学リーグに移るというようなことはまずありえないが、アメリカのカレッジではビジネス的な理由でそうしたことがこの再編期にはあちらこちらで起こったのだ。

その意味では、リーグ全体の成功を目指す社会主義的なところのあるプロのNFLと比べても、カレッジフットボールはかなり資本主義的かつ弱肉強食的であると言える。

この不公平さは、関東の大学しか参加できないにもかかわらず、全国的人気を誇る箱根駅伝に多少似ているかもしれない。アメリカのカレッジはそれをあからさまにビジネスにつなげているという部分で日本と異なっている。

大学生選手に報酬を支払うべきか

また、これもアメリカ的だが、ここ1〜2年ほど大学やカンファレンスなどが莫大な収益を上げているのに、選手がその恩恵を受けられないのはおかしいという議論が起きている(彼らの多くはすでに奨学金を受けているではないかという声もある)。

スポーツ市場調査会社レピュコムの調べでは、ファンの3割から4割が「選手はおカネを支払われるべき」ないし「何かしらのかたちで恩恵を受けるべき」との回答をしている。

確かに、近年のアメリカカレッジスポーツの商業的側面は行き過ぎのところもあるように感じられる。だが、反対に日本の高校野球や大学スポーツを見ていると、こちらはこちらでもう少し利潤を追い求めてもいいのではないか。それがたとえば、スタジアムやアリーナの拡充など競技の振興に充てるといった用途であれば、卑しい「カネ儲け」ではなくなるはずだ。

以上のように、カレッジスポーツの商業化はテレビ放映と密接に絡みながら巨大化してきた。次回は、いかにカレッジスポーツが自らを魅力あるブランド、コンテンツにすることに成功したのかをスポンサーシップなどの話を交えつつ記したい。

<連載「スポーツの最先端はアメリカから生まれる」概要>
世界最大のスポーツ大国であるアメリカは、収益、人気、ビジネスモデル、トレーニング理論など、スポーツにまつわるあらゆる領域で最先端を走っている。メジャーリーグやNBA、NFL、NHLという4大スポーツを人気沸騰させているだけでなく、近年はメジャーリーグサッカー(MLS)でもJリーグを上回る規模で成功を収めているほどだ。なぜ、アメリカはいつも秀逸なモデルや理論を生み出してくるのか。日米のスポーツ事情に精通するライター・永塚和志がアメリカのスポーツ事情を隔週金曜日にレポートする。
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