2024/8/3
女性であることを肯定。自分にしかできない芸やスキルを磨く
江戸時代から続く歴史があり、人間力や教養が高まるとビジネスリーダーから好まれている落語。その特性とビジネススキルを掛け合わせ、落語を聴くようにすんなり理解できる連載「落語家に学ぶ仕事のヒント」。
5回目に登場するのは、2024年3月に12人もの先輩を追い抜き、女性初の抜擢真打となった林家つる子さん。
後編では、男性社会の落語界で「女流と言われないようにしなければ」とかつて気負っていたつる子さんが、「自分にしかできない落語をすればいい」と思えるようになった理由を聞きました。
5回目に登場するのは、2024年3月に12人もの先輩を追い抜き、女性初の抜擢真打となった林家つる子さん。
後編では、男性社会の落語界で「女流と言われないようにしなければ」とかつて気負っていたつる子さんが、「自分にしかできない落語をすればいい」と思えるようになった理由を聞きました。
INDEX
- 女性落語家への厳しい目との向き合い方
- 素直に「自分」でいい。そう思えた師匠の言葉
- 「芝浜」は落語家によって味が変わる演目
女性落語家への厳しい目との向き合い方
落語の世界は、長らく男性社会でした。今でこそ女性も増えつつあるけれど、全体の数からみると女性の落語家はまだ1割にも満たないです。
「俺は女の子に稽古はつけられない」
「女の子に古典落語をこのままの形で教えるのが正解なのか、ちょっと工夫をさせたほうがいいのか、分からねぇんだ」
そうおっしゃる師匠方もいましたし、悔しさはありましたね。
稽古以外の場面でも、例えば師匠方の着付けをお手伝いするのは前座の仕事ですが、「女に着付けをさせないでくれ」と言われてしまうことがありました。師匠方の気持ちは分かるけれど、嫌でも自分が女であることを痛感させられるというか。
逆に「女の子だから」という理由で重宝される場面もあり、こういうモヤモヤは男性だったらなかったんだろうなと思います。
高座に女性が出てきただけで下を向いてしまうお客さまもいらっしゃいましたし、女性落語家がより厳しい目で見られる現実があるのは確かです。
気持ちは落ち込むけれど、私の場合、「お願いをして落語の世界に入れてもらった立場」という気持ちでいましたので、そういう壁に当たるのは想像できていました。
だからふさぎ込んではだめだと思い、「女性落語家に厳しいお客さまに聴いていただけるような噺をしよう」と、逆に自分を鼓舞する材料として使っていましたね。
それに、私には林家なな子姉さんという先輩がいて、姉さんの存在がとても大きかったんです。
例えば女性ならではの体の不調は、たとえ同じ立場でも男性には言いにくいじゃないですか。単純に「ちょっと疲れた」とか「こういう場面は女だときついよね」みたいな会話ができるだけで気持ちは随分楽になりました。
師匠方や先輩方からの言葉に対する返し方や、落語をやるにあたって女性だからぶつかる壁について、相談できるのもありがたかったですね。
「お客さまからこう言われた」「女性っていうだけでちゃんと見てもらえなかった」など、お互い共感しながら話せたことに救われていました。
姉さんとは「お互いがいて本当に良かったよね」と話しています。
素直に「自分」でいい。そう思えた師匠の言葉
私は今後もきっと「女性落語家」「女流」と言われるのだと思います。事実として私は女性で、落語界には男性が築き上げてきた長い歴史があり、男性が多い世界であるのも間違いありません。
「女性落語家」「女流」と言われるのが嫌なわけではない。落語界で女性の権限を確立させたいわけでもないけれど、意識せざるを得ない状況はたくさんありました。
特に落語界に入った最初の頃は、「女と言われないようにしなきゃ」という思いが強くありました。女性には難しい世界だから何倍も努力が必要だと言われ、男社会に挑むなら頑張らなきゃっていう気負いがあった。
だけど師匠・林家正蔵は私が前座の頃から、「頭でっかちにならず、いろいろなことに挑戦してほしい」「女性のつる子にしかできない挑戦もあると思う」とおっしゃってくださいました。
その言葉があったから、素直に女性である自分として落語をやっていこうと思えるようになったんです。
もし、うちの師匠の言葉がなかったら、「古典落語をそのままの形でやって周りを納得させなければいけない」という方面に意識が向いていたと思いますし、古典落語の女性の登場人物を主人公にする挑戦もしていなかったかもしれません。
だから今後も「つる子にしかできない話」に重きを置くことを忘れずにいればいいかなと思っています。その上で、あとは流れに身を任せたほうがいいと思っていて。
「また女流と言われてしまった」と気にするよりは、女流と取り上げていただいたから私に興味を持ってくださった人たちの存在に目を向けたい。
それに、社会が男女平等を進めようとする中、「女性落語家」「女流」という枕ことばをつけること自体が社会的にナンセンスになっていくのかなとも思います。
会社でも「女性管理職」「女性ならでは」と言われることもあると思いますが、堂々と前に出て、自分が本当にやりたいことを見失わずにいれば、そのうち時代が追いついてくるのではと思います。
「芝浜」は落語家によって味が変わる演目
落語は、感動できればいいのだと思います。女性が男性を演じるのは難しいと言われることはあるけれど、逆もまたしかりですよね。
その人自身の自然さをもってお客さまに伝えられていれば、「男だから/女だから難しい」ことはないと思っています。
性別に関係なく、自分にとっての自然さを見つけられればいい。そんな考え方が浸透していくといいなと思いますし、「つる子が真打になって、もう男も女もないと思う」とおっしゃってくださる師匠方もいらっしゃって、本当にうれしく思います。
だから、とにかく良いものをお届けし続けることに重きを置いて、皆さんに届けたい話をどんどん作り込んでいきたい。
そこで私からは落語初心者の皆さんに「芝浜」をおすすめします。私が女性を主人公にする挑戦をした話の一つです。
落語の面白さの一つは、同じ演目でも演じ手によって印象ががらりと変わること。同じ話でも味が全然違うんです。
なので、ぜひいろいろな方の「芝浜」を聞いてみてください。お亡くなりになった名人の「芝浜」も残っていますので、聴き比べて違いを見つけるのも面白いですよ。「自分が好きな『芝浜』はこれだ!」と、推しの落語家が見つかるかもしれません。
特に「芝浜」は落語家によってガラッと変わる演目です。だからこそ自分の「芝浜」があってもいいかなと思えた作品でもあるので、おかみさん視点で描いた私の「芝浜」も聴いてみてほしいですね。
私は中央大学の落語研究会の先輩からたまたま勧誘を受けたことで、初めて落語を知りました。本当に偶然の出合いでしたが、19歳で初めて聴いた落語はすごく面白かった。
そんな自分の原体験もあり、きっかけさえあれば若い人でも落語を好きになっていただけると信じています。音源でも寄席でも独演会でもいいので、何かしら落語の世界に一歩足を踏み入れてもらえればうれしいですね。
取材協力:池袋演芸場
執筆:天野夏海
撮影:大橋友樹
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:奈良岡崇子
執筆:天野夏海
撮影:大橋友樹
デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio)
編集:奈良岡崇子