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早稲田大学ビジネススクール教授・内田和成氏インタビュー

LINEやテスラの破壊ビジネス、既存企業に守る手はあるか?

2015/6/24
既存モデルの破壊者である「ゲーム・チェンジャー」に対し、既存企業はどんな戦略をとるべきか──。早稲田大学ビジネススクールの内田和成教のインタビュー(後編)は、前編の3つの視点、「技術変化」「構造変化」「心理的変化」をもとに、さらに具体的な企業を例に戦略を堀り下げる。攻める側だけでなく、守る側の既存企業は生き残りのためにどんな手を打つべきかも聞いた。7月にスタートする連続セミナー「ゲーム・チェンジャー」連動企画。

テスラが売れたのは、技術だけが理由ではない

──構造変化や心理的変化は、日本だけでなくグローバルでも同じでしょうか。
内田:アジアの若者のニーズは均質化しています。音楽は韓国だけどファッションは日本、でも映画は台湾とか、食べものは日本だけど、化粧品は韓国とか。旧世代のように自国の商品にこだわらない。ここは情報化というテクノロジーの影響が大きいです。

台湾や上海から東京に遊びにくる人が増えていて、何をするのかを尋ねると「東京をぶらぶらするだけ」。埼玉県から東京に来る人の感覚と変わらない。日本の市場、アジアの市場と分けて考えるより、「アジアの若者」と捉えたほうがよいかもしれません。

一方、異なる側面もあります。たとえば、「安全・安心志向」。中国は、まだまだ公害よりも経済発展が優先される傾向があるように思います。日本は環境志向。これは、経済発展の段階で異なってくる。ほかにも、日本のように中産階級が多いところと、中国のように一部の金持ちとその他大勢という構造とでは、影響の広がり方も違う。

アメリカで環境志向があるからと言って、すべての場所でテスラが売れるわけではない。ただし、米国内をいわゆるZIPコードマーケティングでいくつかのエリアに分けたとき、所得の高い上位25エリアのうち、22、23エリアでは、テスラが一番売れている車になる。

裕福な層にとって、「俺は環境にも配慮しているんだ」という贖罪(しょくざい)の気持ち、つまり心理的側面が購買に影響しているのです。テスラの成長には、技術面だけではなく、こうした心理面や規制の変化という「構造変化」も影響しています。

「技術」はシーズ、ニーズも読み取ることが大事

──「技術変化」「構造変化」「心理的変化」の3つの変化が、うまく組み合わさったビジネスは他にもあるのでしょうか。

3つの変化を挙げてきましたが、これはシーズとニーズに分けられます。「技術」はシーズ。「構造変化」と「心理的変化」はニーズのもとになっています。イノベーションは、技術を持っていて何かニーズがないかを考える場合と、ニーズを探ってビジネス考える場合とがあります。

一般的に、大企業はシーズは持っているけど、ニーズを探すのが苦手。スタートアップはいい技術は持っているけどどう使ったらいいかわからない場合も、ニーズの変化には気づいたが仕立てる力に欠けている場合もあります。

LINEは、技術と心理的変化が融合した例でしょう。モバイルネットワークという技術がなければ絶対に生まれないサービス。無料通話ということが利用を後押ししました。

でも、それだけではありません。コミュニケーションメディアに対する価値の変化も、背景にあります。

若い人たちは、テレビで何を見たかを共有するより、グループや2人で話すことに価値を置いています。僕はそういうのは時間の無駄だと思っていますが……(笑)。そうした心理的変化によって、今や、電話機能を脅かす存在になっています。

このように、心理的変化はビジネスにいろいろな影響をもたらします。技術がトリガーとして非常に大きいのはもちろんですが、構造変化と心理的変化という2つの変化をちゃんと見ることが、業界の変化を読み解くにカギだと思います。

破壊ビジネスに攻め込まれた側が取るべき戦略とは

──LINEのような破壊的サービスが出てきた場合、攻め込まれた側の既存企業は、どんな打ち手があるのでしょうか。

攻められた側の対応を、『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』では4つに分類しています。「無視する」「正面から戦う」「からめ手で戦う」「逃げる」です。

この中の「無視する」のは、きわめてリスクが高い対応です。ところが、攻められた側の企業は、最初に、「たいしたことない」「影響はわずかだ」と考えてしまうことがしばしばあります。任天堂のスマホゲームに対する対応は、これに当たるかもしれません。

仮に「やばい」と思っても、何をすればいいか決めきれないこともある。ベンチャーのように数人でやるのと、稟議(りんぎ)書まわして差し戻しもある中でやる大企業とでは、実行のスピード感も違うでしょう。

「正面から戦う」のは、「どうせ他社にとられるなら、自分たちでやってしまおう」という戦略です。富士フイルムがデジタルカメラにいち早く進出したのは、これに当たるでしょう。決して成功したとは言えませんが、チャレンジ精神はすごい。医療分野や化粧品事業など、フィルムを否定することで行動変化をやり遂げたと言えます。

「からめ手で戦う」は、正面突破ではなく、自社の強みを生かす戦い方です。野村証券のネット証券に対する戦い方は、これに当たります。店舗や人材という資源を抱える中で、あくまでもネットサービスは、補助的なサービスに位置づけて展開しています。

最後の「逃げる」は、市場をほかに移す方法です。4つの手だてがありますが、やはり何よりも大事なのは、問題に気づくこと。多くの大企業は、そこができていないのではないかと思います。

内田和成(うちだ・かずなり) 早稲田大学ビジネススクール教授 東京大学工学部卒。慶慮義塾大学経営学修士(MBA)。日本航空を経て1985年ボストンコンサルティンググループ(BCG)入社。2000年6月から2004年12月までBCG日本代表。2006年より現職。三井倉庫社外取締役、キユーピー社外監査役なども務める。著書に『デコンストラクション経営革命』(日本能率協会マネジメントセンター)、『仮説思考』『論点思考』(いずれも東洋経済新報社)、『異業種競争戦略』(日本経済新聞出版社)などがある

内田和成(うちだ・かずなり)
早稲田大学ビジネススクール教授
東京大学工学部卒。慶慮義塾大学経営学修士(MBA)。日本航空を経て1985年ボストンコンサルティンググループ(BCG)入社。2000年6月から2004年12月までBCG日本代表。2006年より現職。三井倉庫社外取締役、キユーピー社外監査役なども務める。著書に『デコンストラクション経営革命』(日本能率協会マネジメントセンター)、『仮説思考』『論点思考』(いずれも東洋経済新報社)、『異業種競争戦略』(日本経済新聞出版社)などがある

防衛がうまい会社は、自社が蓄積した資源を捨てられる

──防衛がうまい会社はあるのでしょうか。

リクルートは、たとえば紙媒体とネット媒体を両方試してみていいほうを残すなど、新旧両方やってみて、勝ち残ったほうを続ける戦略を取っています。これはひとつの方法です。シスコはその究極の方法を取ってきた会社です。

競合する可能性のあるビジネスや技術を買い、自社の開発技術と比較して良いほうを残す。自社のほうがよくて他社の技術を捨てる場合、競合技術の芽を摘んだことになる。他社技術のほうが優れていた場合、「負けたんだから仕方ない」と考えられます。投資するおカネがないとできない戦略ですが、成長し続けているからできたやり方です。

大企業は資金力があるから、十分それをやれますよね。でも、自分たちがせっかく開発してきた技術やビジネスを捨てるのは、日本の経営陣には難しいようです。

だから日本では、自社と異なるテクノロジーを買うことはしていない。たとえば、自社が液晶を開発していて、プラズマという異なる技術があったとき、液晶技術を買うことはあっても、プラズマ技術を買って、どちらかいいほうを残し片方を捨てる戦略を取ることは少ないと思います。

(聞き手:佐々木紀彦、構成:山田亜紀子)

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。

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