2024/7/20

JR東日本社員の情熱で実現。最新駅メロ「JR-SHRシリーズ」制作秘話

NewsPicks+d 編集統括
作曲家の塩塚博さんは駅メロのカリスマとして、駅メロ制作会社・株式会社スイッチの小川洋一さんとタッグを組み、30年以上にわたって数多くの駅メロを生み出してきました。

電車が発車するときのサインとして生み出されてきた駅メロは、やがて全国の駅に波及。やがて地方ならではの個性が凝縮した、ご当地駅メロも生まれるようになりました。

後半では、令和に生まれた最新駅メロディー作品「JR-SHRシリーズ」の制作秘話や、“鉄のみゅーじしゃん”塩塚さんの仕事術に迫ります。
INDEX
  • 最新駅メロディー作品「JR-SHRシリーズ」
  • プロを唸らせたマニアックなダメ出し
  • 「アーティストではなく、音楽の職人」

最新駅メロディー作品「JR-SHRシリーズ」

塩塚さんが手掛けた駅メロの中でも、特に多くの乗客の耳に触れているのが、JR東日本各線で使用されている「JR-SHシリーズ」でしょう。「SH」は、塩塚のイニシャル「Shiozuka Hiroshi」に由来します。
1993年から長年親しまれていた「JR-SHシリーズ」ですが、30周年となる2023年に、最新駅メロディー作品「JR-SHRシリーズ」がJR東日本で導入されました。
「JR-SHRシリーズ」の誕生の裏には、塩塚さんの熱心なファンで、大人になってJR東日本に入社した社員の働きかけがありました。依頼を受けた小川さんは、「作曲家は塩塚さんをご指名でした」と回顧します。
小川「塩塚さんの『JR-SHシリーズ』を聴いて感動したという方がJR東日本に入社し、爆発的な人気を誇った『JR-SHシリーズ』を復活させたいとおっしゃってくれて。
令和の『JR-SHシリーズ』だから、タイトルは『JR-SHRシリーズ』にしたいと名前も決めていましたね」
小川さんによると、近隣住民や利用者が慣れ親しんだ駅メロを変更するのは、かなり大変なことなのだとか。塩塚氏も、「初めて駅メロを作曲した1993年から現在までの30年以上にわたって、変わらずに使われ続けている駅メロがなんと多いことか」と指摘します。
ですが、熱心な塩塚さんのファンの頑張りが実を結び、外房線と総武快速線に導入されたもの以外は、成田線我孫子支線で使用されるに至りました。

プロを唸らせたマニアックなダメ出し

プロの作曲家として、「受けた仕事は平等に取り組む」と決めているという塩塚さんですが、『JR-SHRシリーズ』の依頼は、「さすがにジーンときました」と表情がほころびます。
塩塚「『JR-SHRシリーズ』を僕に依頼してくれたのは、40代前半のJR東日本の社員さんたち。彼らは学生時代に僕の駅メロのファンになり、JR東日本に入社しました。
そして、『いつか駅メロを統括するような立場になって、塩塚さんにお願いするのが夢でした』と教えてくれました。
僕に面と向かって夢を語ってくれるのは嬉しかったですし、そこまで言われると胸が熱くなりますよね。
何曲使われるか分かりませんでしたが、僕自身、駅メロを作曲するのが久しぶりなこともあって、とても爽快な気分で20曲を作曲しました。今回は9曲採用されましたが、実は未採用曲の中にも、自信作があるんですよ」
「JR-SHRシリーズ」の完成までには、ファンならではのマニアックなお願いもあったそうです。
2023年11月19日に千葉駅ペリエにて行われた「塩塚博トークショー」より(写真提供:塩塚博氏)
塩塚「たとえば、曲の終わりを普通の終止形ではなく、偽終止(主和音以外のギミックな終止)にしてくれませんかとか。そういったマニアックなダメ出しを多くいただきました。
『JR-SHシリーズ』のように、それぞれ音色違いも用意してほしいとお願いされて、実際に採用された楽曲は全9曲ですが、すべてキー・音色違いの2バージョンの全18バージョンを最終的に制作しました。
ここまで細かくディレクションを受けるのは初めての経験でしたが、駅メロや僕の作品の特性を極めて深く理解しているのが分かって、嬉しかったですね」

「アーティストではなく、音楽の職人」

これまで数多くの駅メロを手掛けきた塩塚さんですが、自分のことをアーティストではなく、職人だと言い切ります。
塩塚「矢面に立って、自分の歌いたい曲を歌う方や演奏する方はアーティストだと思います。僕も人前に立ってしゃべったり歌ったりすることはありますが、作曲したり、アレンジしたりするのが本業です。だからアーティストではなく、音楽の職人なんです」
塩塚さんは音楽の職人として、「駅メロに関わるすべての人たちの思いを汲んで作曲している」そうです。
塩塚「駅メロの制作には、クライアントがいて、地域の住民がいて、小川さんがいて、僕もいます。全員が作曲に関わっているので、みんなが良かったと思えるような曲作りを目指していますね。
これは精神的に心がけていることですが、具体的な作業の面で意識していることもあります。
駅の端から端まで音がちゃんと聴こえるように、音の数が少なくなるようにしていることと、10秒で終わる短い駅メロの中にもストーリー性が感じられるように起承転結を作るようにしています。
そして、伴奏とメロディーが対話をしているように絡み合いながら、音楽として進行していく『対位法』のような、あらゆるテクニックを駆使して僕は駅メロを作曲しています」
(写真:bee32 / GettyImages)
駅メロの第一人者、「鉄のみゅーじしゃん」として脚光を浴びる塩塚さんですが、「僕はラッキーだった」と謙遜しながら、こう続けました。
塩塚「僕が駅メロの作曲を始めた1990年代の前半は、駅メロを採用していない駅がけっこうありました。そんな中で、僕が作曲した作品は最新曲だったんです。
当然、駅メロを用意したい各駅の担当者の耳に入る。だから新規に駅メロを導入するときに、僕の曲が採用されるケースが多かったと思います」
塩塚さんが運を味方に付けたのも事実でしょう。ですが、運だけで30年以上にわたって愛される音楽を生み出せるわけがありません。
わずか10秒程の短い曲にも真摯に取り組むからこそ、塩塚さんが手掛ける駅メロは、多くの人々の日常に溶け込み、生活の一部となるほど親しまれているのではないでしょうか。
(イラスト:Bigmouse108 / GettyImages)