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Chapter 3:福島第一原発事故後の原子力政策

「放射線恐怖症」に陥った日本、原発再稼働の責任を負うのは誰だ

2015/6/15
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第四弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.4「迫り来る危機をいかに乗り越えるか」』(初版:2015年3月6日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
今回の連載では福島第一原発事故後の日本のエネルギー問題を取りあげ、原発へのyes/noだけではない持続可能なエネルギーミックスについて考える。
大前研一特別インタビュー:混乱の時代を生き抜くため、個人として何ができるのか(5/11)
本編第1回:Chapter 1「原発停止による電力不足、エネルギーコスト上昇の深刻化」(5/18)
本編第2回:Chapter 2「『原発依存度0%』の矛盾。原子力発電の代わりはあるのか」(5/25)
本編第3回:Chapter 2「ポスト福島の、ベストな「エネルギーミックス」は何か」(6/1)
本編第4回:Chapter 2「なぜ、福島第一原発事故の原因解明が進まないのか」(6/8)

本特集の基とする原稿は、2013年2月に大前氏が開催したセミナーのものであり、収録から経過した2年のうちに、いくつか古くなってしまった統計情報等が含まれることをご了承いただきたい。しかし、日本がエネルギー戦略においてかかえる課題はいまだ解決されておらず、当時の大前氏による分析は現在も有効なままである。

日本は「放射線恐怖症」に陥っている

福島第一原発事故後、日本はどのような原子力政策をとってきたか。現状と問題点を見ていきましょう。

まず、原発事故の結果として、日本中が「放射線恐怖症」に陥っています。福島県内では1ミリシーベルト単位の除染をやっていますが、これは私に言わせれば狂気じみています。

普段の生活で受けている自然放射能がだいたい年間1ミリシーベルトです。このレベルで除染を続ければ、ほとんど永遠に終わりませんから、除染作業そのものが大きな利権になっています。
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放射線量に関して言えば、たとえば1回CTスキャンを受けると、5~30ミリシーベルトの放射線を浴びます。家族の中にヘビースモーカーがいると、年70~100ミリシーベルトの被ばく線量になって、肺がんの確率が高くなります。

放射線量だけ見れば、タバコの方がよほど危険です。パイロットの被ばく量はもっと大きいですし、原発で働く人は年間600ミリシーベルトほどの放射線を浴びます。それでも今のところ、統計的に肺がん・甲状腺がんになる確率が上がるという因果関係は見出されていません。

年間被ばく量が1シーベルトなら、さすがに心配する領域ですが、福島県で見つかった一番高い線量は、甲状腺で35ミリシーベルトです。

ですからチェルノブイリの経験から言えば、これで甲状腺がんになるということはまず考えられません。少なくとも福島第一原発は、そのレベルの放射線を人に与えてはいません。

以前、東大大学院教授が内閣官房参与を辞任した際、記者会見で「10ミリシーベルトでは子どもたちがかわいそうだ」と涙を流しました。この発言を受けて、当時の枝野官房長官が福島の除染目標を1ミリシーベルトに下げたのです。科学的な根拠も何もなく、一回泣いて10分の1です。

ストレステストに合格しても住民は納得しない

2011年、政府はコンピュータシミュレーションによる原発の「ストレステスト」に取り組んでいました。

私は「ストレステストには意味がない。コンピュータ上でシミュレートしても住民は納得しない。福島第一原発で何が起こったのか、科学的・技術的に説明することが必要だ」と言い続けて、前述のチームH2Oプロジェクトを立ち上げたのです。

ストレステストに合格しても、結局再稼働したのは大飯原発だけです(編集部注・2015年3月時点で、定期検査のため運転を停止している)。これは、ストレステストが当時の経済産業省、原子力安全・保安院のまやかしで、住民の説得につながっていないことの表れです。

活断層=原発停止という議論は短絡的

原子力規制委員会についても触れておきましょう。民主党政権は「再稼働の判断を規制委員会に委ねます」と言いました。

しかし、規制委員にしてみれば、再稼働の判断の責任を自分たちに押しつけられてはかなわない。活断層を見つければ再稼働を止められますから、活断層を探す活断層オタクになってしまったのです。

私はある雑誌に「ブラジルまで掘れ」と皮肉を書きましたが、そう言いたくなるほど、活断層を探して日本中掘りまくったのです。

本来は、活断層の存在が分かったら、その活断層でどのくらいの地震が発生するのか、大きさと加速度を分析します。

次に、当該原子炉がその地震規模に耐えるように設計されているか否か、されてない場合、どのような追加工事が必要で、その結果再稼働ができるのかどうか、こういう順序で考えるべきなのです。

ところが現状は、「活断層発見、東通ストップ、敦賀ストップ」と技術的な検証なしに結論を出しています。

私自身は、この結論はあり得ないと考えています。2004年の新潟県中越地震は、震度7の本震の後、震度5~6レベルの余震が立て続けに起こるという強烈な地震でした。

柏崎刈羽原発は活断層の上にあるということが分かっていますが、それでも7基の原子炉がちゃんとストップして、止めることができました。配管は1個も壊れていません。

原子炉は、300ガル(※11)という加速度で制御棒が入るよう設計されています。柏崎刈羽原発では、炉心のところで600ガル、炉の上部で1200ガル、格納容器の最上部で3000ガルという、ものすごい加速度を経験しています。

これは実測値です。世界で測られたことがないくらいのすさまじい数字です。それでも柏崎刈羽原発の7基は正常に停止したのですから、活断層=原発停止という議論そのものが間違っていると思います。

※11:「ガル」は、地震の揺れの強さを表すのに用いる加速度の単位。人間や建築物に瞬間的にかかる力の大きさを表す。1ガルは、1秒に1センチメートルの割合で速度が増していく状態。

ベースロード電源としての原発の役割

ベースロード電源としての原発がなくなると、いろいろな不都合が起きます。夜間余った電力で、電気自動車や水素自動車の充電をしたり、揚水発電所を動かすというようなことができなくなります。

現在の電気自動車は、夜間電力(昼間の3分の1の電気料金と計算)で充電すると、1キロあたりのコストが約8円。ちょうどガソリンとクロスします。

ところが普通の値段で電気を買って充電すると、ガソリンの3倍かかりますので、電気自動車を買う人がいなくなると考えられます※12。

※12:2015年3月時点では、夜間電力でフル充電した場合1キロ当たり1~2円、通常電力の場合は1キロ当たり3~4円で走る電気自動車が開発されている。
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原発再稼働に向けた責任ある組織の設置が不可欠

原子力政策の今後の課題としては、まず原発再稼働をするための組織づくりが必要です。

原発再稼働に関して、責任を持って管轄する組織がないのです。原子力規制委員会は環境省に移り、エネルギー政策は経済産業省。それぞれの組織が全体の中でどのような役割を担うのかもまだ決まっていません。

AM(アクシデント・マネジメント)、つまり地元住民の避難が必要になるような事態に際し、誰がどんな手順で意思決定をするのかも定まっていない。過酷事故の場合、自衛隊の出動なども必要になってきますが、誰が指揮をとるかも不明確です。

規制委員会の前身である原子力安全委員会は内閣府にありましたが、原発の推進と規制を両方やるのはおかしいということで、環境省に移りました。

環境省が指揮権や意思決定権を持つことはできないので、非常時には内閣府の誰かが意思決定をすることになりますが、少なくとも今はそういう組織がありません。責任の所在が曖昧な状態です。
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廃炉の基準・使用済み燃料最終処分の問題

廃炉の基準がないことも大きな課題です。手順・技術・組織、何も決まっていません(※13)。廃炉というのは、本当に難しいプロセスです。

今、原子力は衰退産業とされ、「希望する学生が少なくなった」と言われますが、廃炉だけでこれから40年、ひょっとしたら60年続きます。そういう意味では、超成長産業です。今の時代、他の産業で「40年大丈夫」などということは滅多にありませんから。

さらに、最終処分と中間貯蔵施設の問題があります。日本の場合、青森県の六ヶ所村が再処理を受け入れてくれているのですが、使用済み燃料の最終処分ができないのです。青森県は「絶対に最終処分はしない」と言っています。

最終処分とは何か。まず、使用済み燃料からプルトニウムとウランを取り出し、再利用できるものを選り分けた上で、残った放射性廃棄物をガラスの中に固めます。

さらに1000メートルの深さの穴を掘って、1000年間貯蔵するのです。日本の自治体で、これを受け入れてくれるところはありません。これは日本だけでなく、世界中が困っている問題です。

※13:2013年6月、経済産業省と東京電力、各研究機関は「東京電力(株)福島第一原子力発電所1~4号機の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」を策定。廃炉までのスケジュールや手順などを定めた。

新型原子炉開発において、日本は大きなポテンシャルを持っている

次に、新型原子炉開発への取り組みについてです。そもそも新型原子炉の開発に取り組んでいくのかどうかという問題があります。

最新型原子炉の一例として、東芝の子会社、ウェスチングハウスエレクトリックカンパニー(※14)のAP1000について説明しておきましょう。

この原子炉は4つの独立ループを持つPWR(加圧水型軽水炉)〈※15〉で、全電源を喪失する事態に陥っても、自身が発生させる蒸気で原子炉を冷やしていきます。

冷却水の回路が4つあり、それぞれ独立しているので、仮に1カ所で問題が起きても冷却については安心です。135度になるまで72時間は、どんな事態になっても冷却を続けることができる。135度になると圧力が下がるので、それからバルブを開けて、外部の水源車から冷却水を入れることができます。

福島第一原発の事故では、原子炉内部の圧力が高すぎて冷却水を入れることができずに苦労したのです。

私が見る限り、この原子炉は福島のような状況でもほぼ大丈夫ですし、完全に水没しても過酷事故にはつながらないと考えています。米国やイギリスでは、既にこういった新型原子炉で新しい原子力発電を進めていこうという潮流になっています。

今、世界で原子炉を造ることができる会社は4つしかありません。東芝、日立製作所、三菱重工業、それからフランスのアレバ※16です。

ゼネラル・エレクトリック(GE)〈※17〉と言えども、自力では原子炉を造ることができません。1979年に起こったスリーマイル島の原発事故後、35年間1基も原子炉を設計していないので、エンジニアが散ってしまったのです。

したがって、新型原子炉開発については、日本が非常に大きな技術ポテンシャルを持っていると言えます。

※14:米国の原子力関連企業。2006年、東芝によって買収され、現在は東芝グループの一部。

※15:原子炉の一種。タービンを動かすための蒸気をつくる二次冷却系が、原子炉を通る一次冷却系と分かれているのが特徴。関西・四国・九州・北海道の電力各社が採用している。一方、東京・東北・中部・北陸・中国の電力各社は沸騰水型軽水炉(BWR)を採用している。

※16:世界最大の原子力産業複合企業。フランス・パリに本社を置く

※17:米国に本社を置く世界最大の複合企業。電機製品を中心に、原子炉、金融など幅広い分野に進出している。

(大前研一向研会定例勉強会『日本のエネルギー問題(2013.2)』を基にgood.book編集部にて編集・収録)

次回、Chapter 4:原子力部門には最精鋭を集め、送電部門では東西の垣根をなくせに続く。

※本連載は毎週月曜日に掲載予定です。

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