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データを用いて考える日教組の影響

「日教組が強いところは学力が低い」は本当ですか?

2015/6/13

年々下がる日教組の加入率

自民党の中山成彬衆議院議員が、2008年に「日教組の強いところは学力が低い」と発言したことがきっかけとなり、さまざまな議論が行われたことがご記憶にあるでしょうか。

この発言を受けて朝日新聞は、日本教職員組合(日教組)の組織率と学力テストの関係を改めて検証し、「『日教組強いと学力低い』中山説、調べてみれば相関なし」と報道(朝日新聞、2008年9月27日)しました。

文部科学省の事務次官も「日教組の組織率が高くて(学力テストの)成績が良い県もあれば、組織率が低くて成績が良い県もある。一概には言えない」との見解を述べました(時事通信、2008年9月29日)。

一方、産経新聞は、教職員組合の「強さ」は組織率では計測できない、つまり組織率は必ずしも組合運動の強さを表さないので、組織率を日教組の組織内候補の総得票数に置き換え、学力テストの相関を見ると一定の相関関係が観察されるという記事を発表しました(産経新聞、「組合と学力に関連性はあるか? 低学力地域は日教組票多く」2008年10月8日)。

教職員組合とは、教職員の労働組合です。日教組を中心としたさまざまな教職員組合があり、加入者の合計は40万人程度、教員全体の約4割は教職員組合に加入していることになります(平成24年度、文部科学省調べ)。

しかし、加入者は年々減少傾向にあり、特に新規採用の教員であれば加入率は20%程度にまで低下しています。

教職員組合というのは、企業に存在する労働者の労働組合と同じで、団体交渉を通じて、教職員の労働環境や処遇についての改善を経営者側と交渉するために存在します。

しかし、特に日教組は入学式などの学校行事での国家斉唱や教員免許更新制度など、国の方針に反対するなどして、政治色の強い活動を行ってきました。それが、政治家をも巻き込んだ議論となったものと思われます。

因果関係と相関関係、どちらが正しいのか

ここではそうした政治的な対立はさておき、教職員組合というものが子どもの学力に影響するかどうかについて、経済学の視点から考えてみたいと思います。

教職員組合に関する過去の研究をサーベイした南カリフォルニア大のキャサリン・ストランク准教授は、理論的には、教職員組合の活動は子どもの学力に、正の影響も負の影響ももたらしうると述べています。

組合の存在によって教員の給与が高くなったり、労働環境がよくなったりすれば、能力の高い人を教員として採用しやすくなることや、教員の意欲が高くなることが予想されます。

また、組合が現場のことをよく知る教員の意見を集約すれば、学校経営者に適切に意見を伝えることもできるでしょう。

一方、組合の団体交渉力が強すぎると、問題のある教員の降格や配置換えが難しくなるかもしれませんし、教員は自らの能力や指導力以上の給与、待遇などを得られるため、努力するインセンティブを失ってしまうかもしれません。

したがって、理論的には、教職員組合が学区や子どもの教育に与える影響は、プラス・マイナスの両面が考えられ、どちらが大きいかは、データを用いて検証しないとわからないのです。

しかし、教職員組合が子どもの学力にどのような影響を与えているのかを実証的に明らかにすることはそう簡単ではありません。教職員組合の存在と、子どもの学力の関係が相関関係なのか、因果関係なのかを考える必要があるからです。

教職員組合が強いから子どもの学力が低いのか(因果関係)、子どもの学力が低いような地域で教職員組合の組織化が進むのか(相関関係)、どちらでしょうか。

米国の研究では、子どもの学力が低い地域では、教職員組合の組織化が進み、教職員組合が強くなる傾向があることが示されていますので、想定されているのとは逆の因果関係(学力が低い→教職員組合が強い)が存在している可能性すらあるのです。

米国で行われた初期の実証研究は、その多くが教職員組合の強さと子どもの学力には正の相関があることを示していました。

しかし、これはあくまで相関関係にすぎず、教職員組合と子どもの学力や退学率の因果関係を明らかにすることはできていませんでした。

教職員組合が強いと生徒の退学率が上がる?

この流れを変えたのが、スタンフォード大学のキャロライン・ホックスビィー教授です。実は、米国では、1960年代には教職員組合による団体交渉は法的に禁止されていたのですが、その後、徐々に認められるようになってきました。

ホックスビィー教授は、この地域差を利用して、団体交渉が子どもの学力に与える因果効果を推計したのです(これは人為的な社会実験として設計されたわけではありませんが、偶然にも実験のような環境がつくり出されているという意味で「自然実験」と呼ばれます)。

ホックスビィー教授の論文の結論は「教職員組合が強いと、生徒の退学率が2.3%高まる因果効果がある」というものでした。教職員組合が強いと、子どもたちのうち、成績が下位に位置している子どもたちが取り残され、退学になってしまうというのです。

これに加えて、教職員組合の強さは、学区の教育支出を12.3%も増加させる因果効果を持ち、教員の増加や、教員給与の上昇ももたらされていることも示されました。

ホックスビィー教授の研究以降、法律や制度変更という自然実験的な環境を利用して、教職員組合が子どもの学力に与える因果効果を計測した研究は、複数発表されています。

唯一、アイオワ州など中西部3州のデータを用いた研究は、教職員組合の強さは子どもの学力や退学率に影響しないと報告しているものの、他の研究は、教職員組合が強いと、学区の教育支出と教員給与の増加をもたらし、子どもの退学率を上昇させ、学力を低下させるという結論に至っています。

これらの研究は、一様に教職員組合によるレント・シーキング(教員が自らの利益のために「レント」──公教育の中で独占的に得られる市場均衡よりも高い給与や処遇など──を獲得しようと行うロビー活動)が生じていることを示唆しています。

また、教職員組合の強さが、若年ではなく経験のある年配の教員のみの給与を上昇させる因果効果を持つことや、こうした教職員組合によるレント・シーキングが、成果主義へのシフトや能力の高い人の中途採用などに遅れをもたらしていることを明らかにした研究もあります。

前出のホックスビィー教授は、2004年に公刊した論文の中で、教職員組合の強い地域で、教職員の経験や年齢に連動した給与体系が固定化すると、若者が教員市場に参入することの機会費用を高くするため、若者の教職離れを促すと指摘しています。

日教組と子どもの学力の因果関係は明らかでない

私がここで述べたかったことは、少なくとも現時点において、米国では、教職員組合の強さが子どもの学力に負の因果効果を持つというエビデンスが多く発表されているということにすぎず、米国の研究成果を用いて日本の教職員組合の活動を評価しようとしているのではありません。

しかし、今後、日本においても、政治的あるいは思想的信条による意見対立にとどまらず、データを用いた科学的な検証は進められるべきであろうと考えています。

2008年に起きた教職員組合論争については、その論争に決着をつけるような十分なエビデンスが示されたとは言えません。

朝日新聞や産経新聞の分析はいずれも、極めて不完全なものです。朝日新聞の分析は、横軸に中3数学の平均正答率の高低を、縦軸に日教組の組織率の高低をとったグラフの各象限に13都道府県を分類したもので、サンプル数も非常に少ないうえ、なぜ48都道府県のうち13都道府県のみを対象にして分析を行ったのかについて明確な記述がありません。

産経新聞の分析も組織内候補の総得票数と学力テストの県別順位を比較しているものの、相関係数などは推定されていないのに、「一定の相関関係がうかがえた」と断定しています。

また、両新聞の分析に共通する問題点として、これらの分析はあくまで教職員組合の組織率や組合運動の強さと、子どもの学力の「相関関係」についての検証であって、教職員組合の組織率や組合運動の強さと子どもの学力の「因果関係」を明らかにするものではない、ということがあります。

中山衆議院議員は、「私は(文部科学大臣在任中に)なぜ全国学力テストを提唱したかと言えば、日教組の強いところは学力が低いのではないかと思ったから。現にそうだよ。調べてごらん。だから学力テストを実施する役目は終わったと思っている」と発言しています(朝日新聞、2008年9月26日)。

しかし、そうした調査結果が公表された形跡は見られません。もしも、そのような調査が実施され、「日教組の強いところは学力が低い」ことが確認されたのであれば、その調査結果は国民に対して公開されるべきものでしょう。学力テストは、国民の税金を使って行われた調査なのですから。

そして、代表性のあるデータに基づく科学的な分析によって、日本においても、教職員組合の強さと子どもの学力の因果関係が明らかになるというのであれば、その情報は、誰よりも、保護者が自分の子どもを通わせる学区や学校の選択をするうえで、非常に重要な情報になるであろうことは疑いの余地がありません。

(構成:長山清子)

<連載「科学的根拠から考える教育&子育て相談」概要>
今日、さまざまな教育論があふれているが、その多くは個人の経験に基づいたものであり、科学的な論拠に乏しい。では、教育には確たるエビデンスはないのか。そのひとつのヒントを与えてくれるのが、教育と経済を融合させた「教育経済学」だ。教育経済学の専門家である、プロピッカーの中室牧子・慶應義塾大学准教授が、データを駆使した科学的根拠に基づく独自の教育論を、全5回の連載でお届けする。
第1回:ゲームは子どもに悪い影響を与えるのですか?
第2回:ご褒美で子どもを釣ってもいいのですか?
第3回:キラキラネームを子どもにつけてはダメですか?

著書プロフ_中室牧子

『「学力」の経済学』を6月18日ディスカヴァー・トゥエンティワンより発売予定。