川淵三郎・タスクフォースチェアマン インタビュー前編
2つめのプロリーグ創生に挑む、「川淵三郎チェアマンの夢と数字」
2015/6/12
川淵三郎チェアマンは日本バスケット界に怒っている──。歯に衣を着せぬ発言から、そういう印象を抱いている人も多いかもしれない。だが日本バスケット界に大きな可能性を感じたからこそ、全身全霊で改革に取り組んだのだ。なぜ火中の栗を拾ったのか。インタビューを3回にわたってお届けする。
(文・スポーツライター 増島みどり)
バスケットで退屈した試合はひとつもない
──これまでも、Jリーグを設立する前にはアメリカのNBAへの研修にもいらっしゃっていますのでバスケットを多く観戦されています。チェアマンとして国内の試合に足を運ばれて、改めてどんな感想をお持ちになりましたか。
川淵チェアマン:ここまで10試合ほど観戦していて、退屈した試合はひとつもなかった。最初は、途中で帰りたくなるような内容の試合もあるんじゃないかな、と予想していたんです。
ところが実際に座って観ていると、時間が過ぎるのが、もう早くて早くて、自分でも驚くほど熱中している。だから、バスケットボールは絶対に成功するな、プロでも間違いないと確信を持っている。女性ファンがとても多いのもいい。
──女性ファンの比率は確かにサッカーより多いでしょうね。
先日は、中学時代にバスケットボールをやっていたという有森裕子さん(バルセロナ五輪女子マラソン銀メダリスト)と一緒に観戦をし、全日本テコンドー協会で理事になった岡本依子(シドニー五輪銅メダリスト)さんも、「本当に面白い」と感心していた。何よりもうちの奥さん(康子夫人)を連れて行ったら、「すごく面白い、でももう少し点が入るといいのに……」と言うんだ。
バスケットにほとんど興味のなかったはずの奥さんが、実際に試合を観て面白いと口にしていたのがうれしかった。ルールや選手に詳しくない、普通のファン代表のような存在だから。
これならプロができても間違いなく支持される。バスケット観戦の経験のない人たちを、コアなファンが誘ってくれるよう、各クラブが働きかけをしていけば、観客動員など何も心配いらないと思わせてくれた。
──サッカーを観戦し続けてきた奥さまは、もちろんチェアマンが関わっていらっしゃったからですが、スタジアムでも「サッカーを見るのは何だか怖くて」といつも伏し目がちで、特にPKはご覧にならなかった。あんな苦しいサッカーを観戦しておられたのに、楽しいと応援されているのは純粋に競技性に魅かれたからですね。
一番の特徴は24秒ルール(ディフェンスからオフェンスに転じた際、24秒以内にシュートを打つ)にある。
どんな弱小クラブだって、もちろん奪われる可能性はあってもルール上は24秒間攻撃するチャンスはあるわけで、極端に言えば、対等とまではいかなくても、サッカーやラグビーのように一方的に攻められっぱなしとはならないでしょう。
ダブルスコアの主たる理由もシュートが入らないという技術的な差で、ダブルスコアの試合でも、これがなかなか面白い。ボールがスピーディに行き来するのも魅力ですね。
──それがサッカーですと……。
もうね、イラッとする試合は半分近く……。
──あー、川淵さん怒っていらっしゃるなぁ、と思う試合はわかります。仮に、サッカーを初めて観る女性をスタジアムに連れて行っても、なんで2時間も座っていて0-0の引き分けなの? シュートも下手だし! と怒られちゃう。リピーターを増やすのは難しいですね。
そう、バスケットには外れる試合が少ないからチャンスも大きい。Jリーグ設立当初、僕たちは、男性が女性や子どもを安心して連れて来られる、世界にも例のない清潔で安全で楽しいスタジアムを理想に掲げました。
発煙筒がたかれ、暴動が起きる欧米では、「そんなスタジアムができるわけがないじゃないか」と言われたけれど、結局はJリーグの女性比率の高さを、世界が参考するようになりましたね。
バスケットボールは逆に、女性がボーイフレンドを誘ってきてくれるように、今、アリーナの収容人員に対する女性の比率と、それに見合う化粧室の数も調査しています。快適に過ごしていただけるように少しでも研究したい。
ホーム8割開催が社会にもたらす変革
──タスクフォースの冒頭から、プロなら5000人のアリーナをホームにしてもらいたい、と発言され、日本全国で議論が起きました。バスケットボール改革の象徴とも言える数字ですね。
JPBLやバスケットボール界の改革は今後も続きますが、なんといっても、5000人収容のホームアリーナを持ち、そこで8割の試合を主催する。
これが改革の「命」です。これから1部と2部、別組織での3部に分けて新リーグを構築していきますが、決して戦力や結果ありきではなく、クラブとしての在り方を第一に考えたいと思っている。
これまでバスケットボールでは、関係者皆さん、チームという呼称を使うのに慣れていたようですが、これからは、ただコートで試合をする「チーム」ではなく、ホームを持ちそこで地域の皆さんとつくりあげる「クラブ」と呼ぶようになってほしいと願っている。
5月のタスクフォースでも、2つの単語が混在する違和感を説明し、全会一致で今後は「クラブ」と呼ぶよう統一します。
──自治体の反応はそれぞれでした。
県内の広い地域を巡回して試合するのが何故いけない、そのほうが多くのファンを獲得できるではないか、とか、企業チームは安定した経営を基盤に自分たちは体育館を持っているし、地域より社員も応援しているのだからわざわざ自治体に頼まなくても、となる。行政サイドと連携する意味そのものが理解されていなかったのでしょう。
チームがあちこち回るのと、本拠地を構えたクラブが地域と連携して選手を支えるのではまったく違う。「チーム」の発想では、教育委員会に頼むような交渉レベルでしかないので、他の体育館スポーツとの競合にとどまるだけです。
参加申請には、週5回借りられて、1日5時間の練習時間を保証してもらえる場所を確保する項目もありますから、ホームアリーナと同時に、あそこに行けばいつも練習を見学できる、といったファンとの交流場も重要になります。
──統一リーグをつくるために時間もない中、心配されてはいなかったのですか。
勝算あり、と最初から思っていたからこそいきなり発言したんです。むしろ6000人と言っても良かったくらいで、キリがいいや、と5000人と言った。
このハードルでこれまで滞っていた地元バスケットボール協会と、そこから除名されていたbjリーグや、行政のトップが動き出したら、自治体は互いの動きを鋭く察知し、協力してくれる。
それはサッカーでもさらに大きな競技場をめぐって経験していたので何も心配していなかった。バスケの現状も、サッカーでの経験もすべて予備知識にあったうえで弾いた5000人に自信がありました。
──最初に意思表示をしたのは?
川崎市はすぐに東芝とやりましょう、と申し出てくれた。盛岡市に視察に行ったら、いきなり谷藤裕明市長が歓迎してくださり、「岩手ビッグブルズのために5000人のアリーナをつくりましょう」と記者を前に力強く言われた。
市長は参加申請にも上京して来られ、そうした全参加チームに対する心強い意思表示は本当にうれしいものです。それでもう、この方向で間違いないな、とね。
「何十億円もバスケットのためにだけ使えません」といった自治体もあるが、そんな話をしているのではなく、ムービングシートなり、少しでも仮設を工夫するとか、そんな努力で5000人の確保は可能になる。
これまでプロリーグを10年続けてきて、業界はもうこれ以上人を集めるなんて不可能だと考え、3000人の体育館に1500人ほど入って大満足していたわけです。
そこに夢はないでしょう。思考回路を変えて、新しい、大きな目標に向かって一丸となりましょう、みんなで動いてみよう、その意識にスイッチを入れたのだと思います。
実数入場者の把握という新たな指標
──Jリーグが興業としてのプロスポーツにもたらした画期的な案は、実数入場者数の把握、それがクラブ経営の根幹になるとの発想でした。バスケットではどうお考えですか。
もちろん入場者実数の発表以外は認めません。今、大体500枚ほどの無料招待券を配布している状態のようです。タダで切符を配るなんて、プロとしてあるまじき行為でしょう。営業努力をどこまでしているかを、クラブの成績と同様に競うわけだから。
──昔のサッカー日本リーグ時代は目測で発表していましたし、プロ野球もかつての東京ドームはいつも5万5000人。
試合ごとに有料入場者数を発表するためのチケッティングシステムも「ぴあ」と連携して今考えている。いい加減な人数発表をするクラブは、サッカーでは処罰の対象になる。そういう意識をあと1年半ほどで徹底させて、実数3000人を目指したい。
──現実的な数字ですね。
1500人と発表しても招待が500人かそれ以上だとすると、とてもプロとしては成立しない。今年、Jリーグのガンバ大阪が新しいスタジアムをつくって、これまでの2万人から4万人収容になりますね。ガンバ大阪が何もしないで、はい4万になりましたので来てください、ってそんな営業はしませんね。
営業努力して、ホームタウンをつぶさに回って、子どもからお年寄りまで来てもらえる魅力あるスタジアムをつくる覚悟で拡張している。盛り上げるための努力が、クラブを発展させ地域を活性化し、皆さんの喜びになる。
もちろんバスケットも皆さん長く努力してこられたのはわかっているが、その規模をもっと広げられる。1500という数字に夢がありますか? 根本から見直していただきたい。夢にだって、具体的な数値目標が必要でしょう。数値目標を持たなければ、小規模の夢で終わってしまう。
──秋田(能代)などは、そういう意味でもバスケの中心的発信基地のような存在になれるのでは。
本当にそう思っている。仲間内で「1500人入った、良かった」ではなく、もっとほかの地域のファンにも知ってほしい、となるべき。
おらが町の誇りと思えば、日本一のバスケットの町を全国にだって発信できる。僕が申し上げたいのは、潜在能力に気づき、それを存分に発揮してください、ということに尽きます。宝の持ち腐れでは本当にもったいない。
*本連載は毎週金曜日に掲載予定です。