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いつまで「東大首席」で売っていくのか

30代から新たな挑戦を。私がハーバードへ挑む理由

2015/6/11
「東大首席卒業→財務省官僚→弁護士」という華麗な経歴で知られる山口真由氏。順風満帆に見える20代の裏で、実は大きな挫折を経験していた。日本製エリートの最強キャリアを歩んできた山口氏が新たなチャレンジに挑む。それは世界最高峰、ハーバード大学への留学。20代を終えた彼女が、さらにリスクをとってハーバードに挑む理由とは。

きっかけは「もっと前に進みたい」

留学しようと決めて、願書を送ったのは2013年の12月。今から1年半ほど前ですね。2014年3月に合格したのですが、去年は時間が取れず辞退してしまって……。でも、この夏から渡米してまずはサマースクールに通います。

これまで留学することをあまり公にしていなかったので、皆さんに驚かれたのですが、実を言うと私、海外に憧れがあるわけでも、ハーバードにすごくこだわりがあるわけでもないんです。

いくつかの大学にアプリケーション(願書)を出して、第1志望だったところには残念ながら受からなかったのですが、受かったのがハーバードとコロンビアだったっていうだけです。ハーバードに行きたいというよりは、30代というひとつの節目を迎えて、とにかく何か新しいことにチャレンジしたい、もっと前に進みたいという気持ちが強くなったんです。

コンプレックスの塊だった高校時代

私は高校に入学するときに、故郷の札幌から上京してきました。そのとき、東京の高校で1人だけ「田舎者」であることにすごくコンプレックスを感じていました。「みんな都会的だな」「オシャレだな」「頭が良さそうだな」って。

そのコンプレックスが「もっと頑張らなきゃ」「人の3倍ぐらい頑張らないと都民、『ふつう』になれないんだ」という原動力になって、いろんなことに対して、精一杯の努力をできるきっかけになりました。

東大に合格し、首席で卒業できたのも、財務省に入省できたのも、私の中にずっとあったこのコンプレックスがあったからだと思います。私がバカにされることは、私の故郷そのものがバカにされているように感じていました。

今から思えば、「私、なんで勝手に故郷を背負っている気になっていたんだろう?」って大げさすぎて笑ってしまいますけれど、自分が札幌という地方出身の「マイノリティ代表」であるかのような“覚悟”が、私を前に進めてくれた気がします。

でも、いつしかその気持ちが薄れてきて、30代になった今、自分の成長が停滞しているような気がしているんです。

いつまでも「東大首席」のまま? 20代後半の焦り

ちょうど20代の終わり頃、私は人生のすべてが虚しく思えたときがありました。それは「東大首席弁護士」という言葉がタイトルに入った2冊目の本を出したときでした。表紙に大きく書かれた「東大首席」って文字を見て、「Amazon.co.jp」のレビューを読んで、とてつもなく「なんだかなあ」ってやるせない気持ちに襲われました。

確かに、私は東大を首席で卒業できたことを今でも誇りに思っています。ただ、それはもう10年近くも前のこと。

その後、社会に出てからも、財務省でも、弁護士の仕事も、自分なりに常に一生懸命に取り組み、新たなチャレンジをしてきました。なのに、今でも自分の一番の「売り」は「東大首席」……。

私はいつまで「東大首席」ってタイトルの本を出し続けるんだろう。10年前の出来事を、自分を語る代名詞のように掲げ続けるんだろう。もしかして、50歳になっても、60歳になっても、ずっとこの状態が続いてくのか……。

「おばあちゃんはね、昔、東大を首席で卒業したんだよ」なんて言うハメになるわけ? そんなの絶対に嫌だって。

そんなにこだわらないで、「学生時代の私はよく頑張ったわ」って思えばいいのでしょうけれど、社会に出てからの自分に成果が出てないんじゃないかって、焦りがあったんでしょうね。

だから、15歳で東京に出てきたときみたいに、自分を再び逆境の場に置いて、それが自分自身の新たな成長につながればいいなって、そういう気持ちが心のどこかにあったのだと思います。

日本という国をちゃんと知りたい

もうひとつ、留学しようと思った理由は、日本という国のことをちゃんと知りたい、もっと考えたいという欲求が高まってきたからです。

たとえば、NewsPicksでコメントするときも、私は何気なく「日本では○○です」と書いたり、ほかのピッカーも「日本では……」とコメントをされたりしますよね。私は何気なく「日本では……」って言葉を口にしてしまうことが多いのですが、よく考えてみると、自分はどれだけ日本のことを知っているんだろう、と。

「日本では……」というのは、日本がほかの国と比べて特殊なニュアンスを含んでいるように思います。でも、ほかの国をことを知らずに、日本のことを話すのはどうなんだろうと、疑問に感じるようになりました。

だから、日本を外から見る経験をしてみようと思いました。面倒だとか、忙しいとか、必要ないとか、いろいろな理由をつけて避けてきたけれど、一生に1度は向き合ってみなきゃって。それなら、もっとほかの国のことも学ぼう、と。日本との違いは何かをきちんと理解したい、実際に暮らしてみてその違いを肌身に感じてみたいと思ったんです。

そうすることで逆に、この日本という国について、もっと理解を深めていける気がしているのです。

留学に向けての期待と不安

「弁護士の仕事も、執筆やコメンテーターとしての活動もせっかく軌道に乗っているのに、なんで今、わざわざ留学なんてするの?」。留学することをお伝えすると、いろいろな人からそんな質問を受けます。

フェニミズムの歴史、人権やマイノリティ問題、インターネットにおける個人情報の取り扱い、プライバシー権など、個人としても弁護士としても、ハーバードで学びたいことはいくつもあります。ですが、前に書いた通り、あえて自分を逆境に置いて、もっと成長しなくちゃいけないという焦燥感と、日本人としてのアイデンティティを改めて確認してみたい、というこの2つが主な動機です。

今まで、私は、当然のように自分で考えたことを自分の口で話してきました。だけど、海外では、きっとそうすることはできないだろうと思います。今までと同じように話すことはできても、それを表現することは難しいでしょう。私は、英語で話すことがものすごく苦手です。

私が英語で話し出すと、会議ではすごく妙な空気が流れます。自分の英語での発言に対して、私は反論を受けたことがありません。というより、内容について、コメントされたことがありません。

ただ、「話したこと自体が偉いよ。よく頑張ったね」と肩を叩かれるのです。そして、そのとき、私は、相手の目に今まで自分が見たことがない表情が宿っているのを感じます。そして「ああ、これが“憐れみ”なのだろう」と思い、くじけるばかりでした。

知性というのは表現されなければ、意味がないものなのだと思います。つまり、自分がいかに価値があることを考えている(と思っている)としても、それをきちんと表現することができなければ、外形的には何も考えていないことと同じだろうと思います。

だから、小学生レベルの英語の表現力で、なんとか話そうと試みる私は、とても稚拙で可哀想な人で、憐れみの対象なのだと思います。

そう気づいたときには、ひたすら悲しかったのですが「あ、これ、何かに似ている」と思いました。そう、たった1人で東京に出てきたときの、あの気持ちです。そして、私は、このコンプレックスが、次に私を前に進める力になるだろうと確信しました。

そして、「10年前の経歴を売りにするなんて嫌だ」という心の叫びと、その確信がつながりました。

そうだ、あのときの同じくらい、それ以上のつらい経験をすれば、それが私を新たに前に進める力になるだろう。20代のときをピークにして、ゆるゆると低迷し続ける人生なんて嫌って思っていたけれど、過去の自分なんてきっと軽々と超えていけるのかもしれない。ただ、ドメスティックな生き方をしてきた自分が、果たしてアメリカで通用するのか、今まで培ったスキルはハーバードで生かせるのか。

渡米が間近に迫る中、今、私は不安と期待が交錯する複雑な気持ちを抱いています。とりわけ不安なのが、英会話です。

私の語学力と言えば、完全に受験英語。しかもどちらかと言えば苦手な科目で、英会話の能力は、恥ずかしながら小学生レベル……。

ところで、ハーバードに入学するためには、TOEFLで100点以上が必要になるのですが、すでにご承知の通り、私の英会話は小学生レベル。留学のための受験勉強を始めた当初、私は79点でした。

そんな私がどうやって英語力を向上させ、なんとか合格ラインまでにたどり着けたのか。それはまた次回、詳しくお話したいと思います。

(文・谷田俊太郎)

山口真由(やまぐち・まゆ)
弁護士。1983年生まれ。北海道出身。2006年、東京大学法学部を首席で卒業し、財務省に入省、主税局に配属。主に国際課税を含む租税対策に従事する。2008年財務省退官、2009年弁護士登録。現在は企業法務を担当する弁護士として活躍する傍ら、テレビ番組や執筆活動で活躍中。TOKYO MXテレビ『モーニングCROSS』レギュラーコメンテーター。6月3日に書き下ろしの最新著『20代、自分を助けてくれる言葉』(三笠書房)が発売