経営陣は、リストラの苦しみを分かっていない
ソニーは、6回も「愚策」を繰り返している
2015/6/10
目標削減数8万人。かつて「理想工場」と謳われたソニーは、17年間で6度の大規模なリストラを行っている。清武英利氏による『切り捨てソニー』(講談社)は、役員から一般の社員に至るまで、そのリストラに関わり、また巻き込まれた人々を描いたノンフィクション作品だ。「リストラ部屋」の登場人物はすべて実名で登場し、自身の思いをありのままに明かしている。なぜ、ソニーはリストラを繰り返すのか。その構造と社員が抱える思いについて、清武氏に聞いた。
リストラの実態は、勧善懲悪で収まらない
──はじめに、清武さんが「ソニー」というテーマに関心を持ったきっかけを教えてください。
清武:僕は、もともとソニーに多くの友人がいたのですが、彼らがあるときから次々と辞めていったんです。ただ、辞めたにもかかわらず比較的満足している人が多かった。それが不思議で、順番に話を聞いていこうと思ったのがきっかけですね。
──本書では、「リストラ部屋の住人」をはじめ、一般的には無名のソニー社員が数多く登場します。
僕は取材において「後列の人間」を描きたいと思っているんです。企業で言えば、経営層などの「最前列」ではなく、役職についていない「後列」の人間にスポットを当てたいという気持ちを持っていました。社長よりは社長になれなかった人、社長になれなかった人よりは社長の不正を追及して恵まれなかった人に興味があるわけです。
彼らの中には、一般的には目立たないけれど、心の中に強い芯を持っている人がいます。その思いを描きたい。それは取材者としての、自分の使命だと思っています。今回は、出井(伸之)さんにもインタビューしていますが、課長以下の人に数多く取材をしています。
取材において、役員に当たるのはさほど難しくないのですが、後列の人は大変です。そもそも、対象者を探すこと自体が難しい。とりわけ、今回の場合はソニーからリストラされて散り散りになっていますから。さらに、物語性のある人となると、なおさらですよね。
──その中で、一人ひとりのストーリーが詳しく描かれていますね。
僕は、トップの人間も、まったく無名の人の人生も、同じように魅力的だと思っているし、実際そうなんだと思いますよ。ただ、本や新聞では、そういう人をなかなか取り上げにくい。
僕は読売新聞の中部本社(現・中部支社)社会部長時代に、「幸せの新聞」という連載をつくったことがあります。新聞は不幸なニュースの塊。特に、社会面で幸せなニュースを伝えることは少ないですよね。そこで毎週、社会面の1ページを幸せなニュースで埋め尽くすという企画にしたんです。
そこに登場するのは、無名の人たちです。でも、取材を進めていくと、面白い人やストーリーが山のようにあることがわかる。崖っぷちから再起を果たした物語などがたくさんあります。人間は転んだままではなく、必ず立ち上がる。転んだ数だけ再起のドラマがあるんです。
それを、ソニーの「リストラ部屋」というくくりで集めたのが、本書です。つまり、「リストラがひどい」という側面だけではありません。なぜ自分はソニーという会社を愛し、信じていたのに辞めなければいけないのか、これからどう生きていくべきなのか──。その思いがドラマになっていくんです。
中には、リストラ部屋に自ら志願した人も登場します。最初は本当かなと思いましたけれど、話を聞くとなるほどなと思いました。彼は、リストラを逆手に取って次の人生を歩もうとします。自分の頭で想像していた以上の事柄に出会い、驚きましたね。
──勧善懲悪的にソニーを糾弾するのではなく、人間ドラマとして描いていますね。
この話は勧善懲悪で収まりません。本書でもリストラする側である人事部の女性が出てきますが、非常に大きなストレスに苦しむわけですよね。話としては、なかなか表に出てきませんが、それは喋らないだけのことです。こうした話をきちんと取材して書きたいと思いました。たとえば、彼女には20時間以上にわたって話を聞いています。
──本書は、2013年から開始した『FACTA』での連載がもとになっています。連載が始まると、ソニーの社員、元社員から「私も語りたい」というメッセージが数多く届いたそうですが、各人の思いはどこにあったのでしょうか。
知ってもらいたいんだと思います。リストラ部屋の実態と言っても、一面的に語られることが多いですから。暗い部屋、無能の烙印(らくいん)を押された可哀そうな人たち、会社はけしからん、そういう結論で終わるわけですよね。
でも、それだけでは実際に一人ひとりが抱えた苦しみを、救いきれていない。奥さんとの会話はどうだったのか、家庭の雰囲気はどうだったのか、そういう具体的な話を伝えたいんだと思います。
ソニーの「ターニングポイント」
──どれくらいのソニー社員、元社員に会いましたか。
実際にリストラ部屋にいた人から、リストラの対象になった人まで含めると、50人くらいですね。
彼らと話して感じたのは、リストラ部屋に送り込まれた人は「無能の証明」であるように思われますが、そんなことはまったくない。あるとき、ある組織が判断しただけのことなんですよ。高い技術や能力がある人もたくさんいます。彼らの多くも内部告発をしたいというわけではなく、その事実を伝えたいと思っているだけです。
また、リストラと合わせて、2013年にソニーが始めた役職定年制度により、役員にならない限り役職を解かれるようになったことも、非常に大きかったですね。
たとえば、統括部長は55歳になると、「部下を持たない管理職」になる。これでは十分な仕事ができなくなるので、優秀な人間もそれが嫌になって辞めてしまうわけです。彼らのような人材をきちんと吸収できる制度をつくれていないのは、ソニー上層部の課題です。
──それでも、辞めた人の多くが、ソニーを愛していると語るわけですよね。
ソニーは柔軟な雰囲気で、それが自分に合っていると語る人が多いです。自分の好きなことだけしかやらない、身勝手な人がたくさんいることもまた魅力なのでしょう。彼らは、会社に対する憧れをずっと持ち続けていますよね。ただ、それが変わってしまったと感じているわけです。
僕自身から見ても、ソニーは自由で都会的な印象があります。これは、トヨタ自動車と比べると、違いが際立つかもしれません。豊田市で生まれ、トヨタに就職し、そこで定年を迎える社員を見ると「人生そのもの」という村社会的な重さを感じますから。
「社風」なんてない。「社長風」があるだけ
──ソニーのリストラは、出井さんのときから始まっています。やはり、そこがターニングポイントだと考えていますか。
それは明らかでしょう。出井さんが行った1999年の経営機構改革は、エレクトロニクス事業の収益を改善するとして、1万7000人の人員削減を発表しました。実質的なリストラは、1996年の「セカンドキャリア支援」という早期退職制度にさかのぼりますが、そこから現在に至るまで、6度も大規模な人員削減が行われています。
──たとえば、日産のカルロス・ゴーンさんは一気にリストラをしてその後V字回復を果たしました。リストラのやり方、経営戦略としてはゴーンさんのほうが正しいと考えていますか。
僕はリストラが良いとは思いません。ただ、ソニーの元CFOで副会長も務めた伊庭保さんをはじめ、旧経営陣はリストラについて、やむを得ないときもあるかもしれないけれど、一気にやらなければいけないと語っています。
なぜ6回も愚策を繰り返すのか。昨年で終わると言っていたけれど、新年度にずれ込んできています。社員は、これを繰り返されることによって「次は自分たちだ」と思い、やる気を失う。経営陣がすべきことは、ビジョンを示し、社員をひとつにすることです。それがバラバラになったら、長期的に見てモチベーションが上がるわけがない。
そもそも、たくさんの人を採用した挙句、何年後かに彼らをクビにするとしたら、それは経営判断のミス。自分たちの言葉で申し訳ないと語り、最低限にとどめるのが経営人のマナーです。痛みがわかっていないんだと思いますよ。
──現在の平井一夫社長をどう評価していますか。
出井さんは大いに問題があったけれど、今になってみると外に出てきて自分の言葉で語る人は、彼くらいのものです。平井さんの記者会見では制限が厳しく、質問を受けてくれない。僕が手を挙げても当てないだけじゃなくて、時間を区切って4~5人しか対応しない。
僕は、リストラされた人の苦しみをわかっているのか、ご自身の高給をどう思っているのか、彼の口で説明してほしい。ソニーの現役社員もそう思っていますよ。まずはそこからです。
ソニーの元副社長、大曽根幸三さんが「『社風』なんて言うが、本当は『社長風』があるだけなんだよ」と言っていました。社長が変わると社風が変わるわけです。うまいことを言うなあと思いましたね。社長をはじめ、経営陣の方針によって、すべてが決まる。読売で言うと、「渡邉風」だし。ソニーも、歴代の社長を見ると、それがわかりやすく出ていると思います。
※後編は明日掲載します。