pp_中室牧子_教育&子育て相談

人間は名前の影響をどれぐらい受けるか

キラキラネームを子どもにつけてはダメですか?

2015/6/6
今日、さまざまな教育論があふれているが、その多くは個人の経験に基づいたものであり、科学的な論拠に乏しい。では、教育には確たるエビデンスはないのか。そのひとつのヒントを与えてくれるのが、教育と経済を融合させた「教育経済学」だ。教育経済学の専門家である、プロピッカーの中室牧子・慶應義塾大学准教授が、データを駆使した科学的根拠に基づく独自の教育論を、全5回の連載でお届けする。
第1回:ゲームは子どもに悪い影響を与えるのですか?
第2回:ご褒美で子どもを釣ってもいいのですか?

「名づけ」は子どもの将来を左右するか

当て字を使用するなどして、通常では読めないような子どもの名前を「キラキラネーム」と呼ぶそうです。

「自分の子どもに、ほかの子どもとはちょっと違った名前をつけたい」というのは別に間違ったこととは思えません。しかし、通常では読めないようなキラキラネームの子どもたちは、成人後、就職が不利になるとか、ローンを借りにくいなどという経験談もよく聞きます。

「名前」はしょせん記号なのですから、子どもの将来には影響しないと考える人もいるかもしれません。しかし、心理学者は「潜在的自己中心性」によって、人間は「自分の名前」に著しい影響を受けるものだと主張しています。

たとえば、「なぜスージー(Susie)は海岸(Seashore)で貝殻(Seashells)を売るのか(Sells)」というタイトルの心理学の論文では、上記の潜在的自己中心性の影響が分析されています。

人間は自分の名前に近いような場所や物事、時には仕事までも好む傾向があるようで、自分の名前に知らず知らずのうちに影響を受けているというのです。

経済学の論文でも、男性のような名前の女性は弁護士として成功しやすいことを明らかにしたものもありますし、女子のような名前の男子は、成長とともに問題行動が多くなると報告しているものがあります。「名づけ」は私たちが考えている以上に子どもの将来に影響を与える可能性があるのです。

親の学歴によって「名づけ」のパターンは異なる

一方で、経済学者は、名前の効果について、もうひとつの重要な論点を提起しています。それは、子どもの名づけと子どもの人生の成功の関係が「見せかけの相関にすぎないのではないか」ということです。

「見せかけの相関」とは、子どもの「名づけのパターン」にも、子どもの「人生の成功」にも、両方に影響する第3の要因があるのに、そのことを考慮せず「名づけのパターン」と「人生の成功」の関係のみを見ることで、あたかも子どもの名前が人生の成功に影響しているように見えてしまう状態を指します。

ここでいう「第3の要因」とは何でしょうか。それは親の所得や学歴です。

シカゴ大学のスティーヴン・レヴィット教授が、ハーバード大学のローランド・フライヤー教授とともにカリフォルニア州で行われた大規模な追跡データを用いて、所得や学歴の高い親がつける名前と、所得や学歴の低い親がつける名前にはパターンがあるということを見い出しました(この点は、ベストセラーとなった『ヤバい経済学:悪ガキ教授が世の裏側を探検する』の第6章にも詳しく書かれています)。

学歴の高い親がつける名前は、総じて伝統的な、白人によくある名前であり、学歴の低い親がつける名前は総じてスペルミスを疑わせるような、珍しい名前が多いというのです。

名前は「採用」の際に不利に働く

レヴィット教授らの研究では、親の所得や学歴は名づけのパターンと強い相関があり、親の所得や学歴を制御した後では、つまり親の所得や学歴が仮に同じであったと仮定した場合、子どもの名前そのものは、所得や結婚などの人生の成功に何ら影響を与えないという結論に至っています。

そうであれば子どもの名前がどのようなものであろうとも、子どもの名前そのものは、人生の成功に何ら影響を与えないわけですから、親の好きな名前をつければよいのではないかと思われるかもしれません。

しかし、別の見方をする研究もあります。「監査研究」(Audit Study)と呼ばれる一連の研究です。

その中でも特に代表的なシカゴ大学のマリアンヌ・バートランド教授らの研究では、シカゴやボストンの大都市で求人広告を出している企業に、同じ経歴にもかかわらず名前だけが異なっている架空の履歴書を送付し、名前が採用に因果効果を持つかどうかを検証する実験を行いました。

この結果、エミリーやグレッグなどという白人であることを示すような名前の場合、レキシャやジャマールなどのように黒人であることを示すような名前に比べて、面接に呼ばれる割合が統計的に有意に高いことが明らかになったのです。

この研究では、労働市場の入り口である「採用」において、名前が不利に働く可能性があり、子どもにとっての経済的なコスト要因となりえることが示されているのです。

ここでご紹介した2つの論文の結論は相反しており、残念ながら、経済学者の間でも、名前が子どもの人生に与える影響についてはコンセンサスが得られているとは言い難い状況です。採用のときには影響するが、長い目で見たときの人生の成功には影響しない──。

これをどのように整合的に解釈するかは難しく、レヴィット教授ら自身も論文の中で、採用における一時的な偏見は修正されるため、採用には影響があっても長い目で見れば人生の成功には影響しないという見方ができる一方で、実は、名前は採用面接や失業期間の長さに影響しているのだけれども、自身の研究ではそうした成果への影響をきちんと計測できていない可能性がある、とも言及しています。

日本において、親の所得や学歴が名づけに影響しているか、名前が採用において不利に働く可能性があるかは、データが少ないなどの制約もあり、まだはっきりわかっていません。今回は、米国における研究をご紹介しましたが、日本でも今後の研究が待たれるところです。

(構成:長山清子)
 著書プロフ_中室牧子

『「学力」の経済学』を6月18日ディスカヴァー・トゥエンティワンより発売予定。