3社上場。宇野康秀という「普通のイノベーター」

2016/12/3
インテリジェンス、USEN、U-NEXTの3社を上場企業に育てた類まれな経営者・宇野康秀氏は、自分自身を「普通の人間」と語る。仲間と創業したインテリジェンスの上場目前に、父親から大阪有線放送社(現・USEN)を引き継ぎ、負債まみれの“違法企業”を短期間で「正常化」。光ファイバー事業に力を注ぐが、リーマンショックの連鎖で巨額の損失を抱える。失意の中、赤字事業の「U-NEXT」を分離独立して黒字化を果たした。希望と苦悩に満ちた挑戦の軌跡、全20話を公開。

目的は人々の生活向上

私は上場そのものを目的に仕事をしてきたつもりはありません。
社会の変革のために必要な事業を創り、その事業を普及させる。それ自体が社会変革を促し、人々の生活の向上になる。
そんな事業への挑戦こそが、これまでの27年間の経営者人生です。
普通の人間が“イノベーター”として今まで挑戦してきたことの意味を、苦悩も含めて知っていただければ、多くの人にとって少しは参考になるかもしれません。

病床の父に会社を託される

インテリジェンス創業から10年を迎える年の早春。いよいよIPOが視野に入ってきていました。
そんな時、大阪にいる母から、珍しく日中に携帯に電話が入りました。嫌な予感がしました。
父がガンで、余命3カ月だという電話でした──。
もし私が大阪有線放送社を継げば、インテリジェンスの代表が「違法企業」の代表を兼任することになってしまう。
これは株式公開の審査において大きなネガティブ要素になります。
インテリジェンスの仲間たちに顔向けができない。無理だと思いました──。

「正常化」宣言

当時まだ35歳だった私に対する「お手並み拝見」という空気もありました。
必ずしも歓待された就任ではありませんでしたが、そんなことを言っている場合ではありません。
私はすぐに「正常化」を宣言しました。
ひとつは、電柱に違法に架線された有線音楽放送用ケーブルをすべて調べて届け出をし、電柱使用許可を取ること。もうひとつは──。

血のついたわら人形

調査には丸2年かかり、調べた電柱は720万本、概算で過去にさかのぼって支払うべき電柱使用料は350億円にのぼりました。
今までのツケが回ってきたといえばそれまでなのかもしれませんが、判断をしてきたのは亡き父であり、これを正そうと判断したのは私自身。社員たちに非はありません。
私のもとには社員からの匿名クレームはもちろん、自宅に血のついたわら人形が送られてきたこともありました──。

起業前に「大組織」で学ぶ

起業する前に、一度大きな企業体の中に入ってその組織運営を学んでみたい。
破竹の勢いで成長していたリクルートから内定をもらい、インターンとしてグループ全体の社内広報を担当する部署で働き始めました。
リクルート事件が発覚する少し前で、バブル最盛期。
後に「人材輩出企業」と言われるように、挑戦的・先進的な人たちが多い社風でした──。

機を見極める

経営者に求められる資質のひとつに、「機を見極める」ことがあると思っています。
さまざまな要素を複合的に考え、リスクを鑑み、いわゆる「のるか反るか」の判断を求められたタイミングが、私の経営者人生の中でもいくつもありました。
最初の、そして、ある意味で最も重要な判断が、入社2年目の春にやってきました──。

自分で自分の限界を作るな

インテリジェンスでも常々、新卒で入社してくる社員たちに「自分で自分の限界を作るな」と言い聞かせていました。
君たちの中からもしかしたら、ビル・ゲイツが、スティーブ・ジョブズが、生まれるかもしれないのだから、と。
社会に価値ある何かを残す、そういう会社にインテリジェンスを育てたい、と強く思っていた私たちのもとには、それに共感してくれる若者が集まっていました。
そのひとりが、サイバーエージェント社長の藤田晋さんでした──。

ライブドア騒動

堀江貴文さんとは、彼が学生時代に設立したインターネットサイトの制作・運営会社、オン・ザ・エッヂ時代に、藤田さんに紹介されて知り合いました──。
ライブドア社側からも、ライブドアの株主だったフジテレビ側からも、ホワイトナイトの打診を受けました。
しかし、当時USENはGyaOを軌道に乗せるのに必死。火中の栗を拾いにいくような余裕がないどころか、大きなリスクを背負う可能性がありました。
結局、個人として約95億円でライブドアの株を買い取ることを決めました──。

若者たちが自由に挑戦できる社会

私はただ、若いベンチャー起業家に活躍してほしい。自分がそこに介入できるのであれば、彼らが活躍できる土壌を作る役割に回りたいのです。
日本を、先に進む者が若者たちのチャレンジを邪魔することなく、起業に夢を持てる、自由に挑戦できる社会にしたい。
事業家としての力のある人には踏ん張ってほしい。
ただそれだけなのです──。

リーマンショックの連鎖

「リーマンショック」が起きたのは、USENがインテリジェンスを完全子会社化した2カ月後のことでした。
USENは1100億円の損失を計上することになってしまいました。
当然ながら私は、株主や金融機関から経営責任を追及されることになりました──。

トライアスロンとの出合い

事業のほぼすべてを売却せざるをえなくなった私は、人生でもっとも深い孤独を感じていました。
今までやってきたことは、一体何だったのだろうか。ビジョンを共有し、ともに働いてきた仲間たち、社員たちに、私は何を残せたのだろうか。
むなしさを感じながらも、座右の銘である「塞翁(さいおう)が馬」だと言い聞かせ、今の時点から残った人たちと未来を作らなければと考えていました。
そんな状況で出合ったのが、トライアスロンでした──。

赤字事業「U-NEXT」を独立

さらなる整理対象として名前が挙がっていた赤字事業「U-NEXT」。
私は個人としてこの事業を買い取り、社員総勢300人を丸ごと引き連れて、新会社として独立させることを主張しました。
新会社の運営という観点からすると、300人もの人数で新たに起業するというのは、大きなリスクです。
しかし、そこを譲歩することはできない、と考えていました──。

起業家に求められる3つの資質

ごく普通の人間が、事業家としてここまで歩んでこられた要因として自認していること。
つまり、普通の人間が起業するにあたっておそらく最低限求められるのであろう資質は、私が思いつく限り、3つあります──。
(予告編構成:上田真緒、撮影:遠藤素子)