世界を密かに「牛耳る」京都企業の秘密

2019/2/11

アップルに食い込む日本企業

「正直、彼らの牙城を崩せる気はしません」
米シリコンバレーはサンノゼ地区。ここでは、米アップルのiPhoneに部品や素材を供給する日本企業たちが、密に情報を交わしている。彼らが集まると、必ず話題に上がるのが、iPhone向けにある部品を大量に供給する、ある部品メーカーの話題だ。
村田製作所。1944年創業の京都企業だ。
村田はもともと、ラジオ向けのコンデンサから始まったが、テレビ、PCと適用先を広げ、今やスマートフォン向けのコンデンサで世界トップをひた走る。しかも、それは世界で年間2億台を出荷するiPhoneにとっても絶対欠かせない部品となっている。
「iPhoneへの部品供給額でいえば、有機ELディスプレーや半導体、電池などを提供するサムスンが一番大きいでしょうが、『絶対に欠かせない部品』を握っているという意味では、村田の存在感はとてつもなく大きい」(部品企業関係者)
特に、アップルはiPhoneの生産計画を毎週毎週アップデートしているが、重要部品の積層セラミックコンデンサを握る村田は、「週次での生産計画更新を共有される数少ない企業の一つになっている」と関係者は話す。
しかも、アップルが頼る電子部品企業だけあって、業績拡大は凄まじい。
創業70年を超える企業にもかかわらず、この10年で売上高は2倍以上に急成長し、2015年度には、電子部品企業として初となる営業利益2000億円(利益率20%)超えも達成するなど、飛び抜けた存在となった。
【超図解】京都発、「100年見据える」ベンチャーが世界で勝つ
だが、村田はただ部品を提供するだけの企業ではない。
次世代通信の5GやIoT、電気自動車の時代などを見据えて、次なる投資をどこよりも早く進め、年々加速するテクノロジーの変遷をすべて織り込んでいる。
「村田は2016年に、5G時代に必要な電子材料を手がける『プライマテック』を買収しているのですが、当時は5Gという言葉も今ほど騒がれておらず、村田はやはり数段早いなと驚かされました」(同)
しかも、村田はモバイル以降の時代もしっかりと押さえている。積層セラミックコンデンサは、今やスマホ向けだけでなく、車載向けでも世界で過半のシェアを握り、すでに売上高の15%を占めるほどに成長した。
このため、今年1月にiPhoneの停滞が浮き彫りになる「アップルショック」が発生したが、部品企業が軒並み大打撃を受ける中で、村田は年度末に業績予想を据え置き、まだ成長軌道をひた走っているのだ。

オンリーワンが集う

近年、世界の情報を牛耳る存在としてGAFAの名前が連呼されるようになった。
つまり米西海岸のテクノロジー企業たちが世界を覆い尽くしつつあるわけだが、実は村田をはじめとする京都企業たちも、もちろんGAFAほどの派手さはないが、世界のテクノロジーの「重要部分」をしっかりと握っている。
特に、日本のハイテクメーカーが軒並み衰退する中では、その様子がさらに際立つ。
その代表例が、世界一の総合モーター企業である日本電産だろう。稀代の経営者、永守重信氏が率いる電産は、HDD(ハードディスク駆動装置)向けのモーターで、世界トップを走り、同時に次なる時代を予見し続けてきた。
「1980年までは産業のコメは鉄だった。その後、半導体が産業のコメになったが、25年以降はモーターが産業のコメになる」(永守氏)
今は、20年も前から赤字を垂れ流しながら投資してきた車載事業が花開きつつある。クルマが電動化すればするほど、モーターが必要になるためだ。すでに車載の電動パワーステアリング向けのモーターでは世界トップを誇る。
2014年度には売上高1兆円を超えたが、次は2020年に2兆円、2030年には10兆円を目指すなど、その勢いはとどまることを知らない。
【実録】孫正義が頼った「大ぼら経営者」永守重信の凄み
そして、モーターという単一領域を通じて、世界を牛耳っていく電産の戦略もまた、京都企業の「したたかな」戦略を象徴している。
村田製作所や日本電産に限らず、京都企業は「ニッチ」な分野で、世界一のシェアを持ち、今も世界で勝ち残り続ける企業が多い。
日本が世界に誇る任天堂はもちろんのこと、独フォルクスワーゲンの不正検出でも話題になった排ガス測定システムで世界ダントツのシェアを握る堀場製作所、名経営者・稲盛和夫氏が創業した京セラ、IoTを担う制御装置のオムロン、半導体のロームなど、挙げ始めればきりがない。

日本浮上のヒントがある

本日から7日間の連載「京都が強い」では、日本電産や村田製作所をはじめ、世界を押さえる企業たちの尖った戦略をレポートするほか、京都という土地に注目し出したIT企業、また京都から生まれつつある新時代のスタートアップなどを取り上げていく。
【超図解】京都発、「100年見据える」ベンチャーが世界で勝つ
第1回は、任天堂、京セラ、日本電産、村田製作所など、日本を代表する企業を生み出した「京都」の土壌について、大図解としてレポートする。目先の利益だけでなく、100年を見据えたベンチャー精神が根底にあることが分かるはずだ。
【実録】孫正義が頼った「大ぼら経営者」永守重信の凄み
第2回では、日本を代表する経営者である日本電産の永守重信氏の「凄み」にフォーカスする。1973年にプレハブ小屋でわずか4人でスタートし、世界一のモーター企業になるまで、いかなる先見性と手腕を永守氏が発揮してきたのか、その歩みを学び直す。
【社長直撃】アップルが沈んでも、村田が勝ち残る理由
第3回は、本稿でも取り上げた村田製作所の会長兼社長である村田恒夫氏への単独インタビューをお届けする。テクノロジーの進化を着実に取り込み、常に企業を成長させていく、村田の強みが垣間見れるはずだ。
【沸騰】LINE、マネフォ…ITベンチャーが京都進出する「裏の理由」
第4回では、昨年から盛り上がり始めた東京のIT企業たちによる京都への開発拠点設置の動きを取り上げる。昨年6月に真っ先に進出したLINEから、2月に拠点を設置したばかりのマネーフォワードの取り組みまで、その背景に迫る。
第5回では、アップルショックで明暗が分かれたiPhoneへの部品サプライヤーたちの動向を専門家によるレポートでお届けするほか、第6回では、京都の大企業から一人で北欧に拠点を設置した30代社員の物語、第7回では京都大学ならではのノーベル賞級研究を守るために立ち上がった40代起業家たちの逸話を取り上げる。
【堀場厚】人の真似をしてたら、「世界一」は生まれない
そして、最終回は、京都企業のなかでも、もっとも「京都らしい」といえる堀場製作所の堀場厚CEOのインタビューをお届けする。なぜ、ニッチな分野から始まった技術系企業が世界で活躍できるのか、その真髄が分かるはずだ。
平成30年を通じて、日本の主要産業が停滞する中で、ベンチャーから始まり、世界でオンリーワンの存在感を放つ京都企業の戦略は、大企業だけでなく、スタートアップ関係者にとっても、ヒントが満載なはずだ。
特集を通じて、なんらかの気づきを与えられたら幸いだ。
(執筆:森川潤、デザイン:國弘朋佳、バナー写真:Panasonic Design Kyoto)