【独自】デザインで大切なことは、全て「アップル」に学べ

2019/2/5
秘密主義のアップルにあって、とりわけ情報が少ないのがデザイン工程だ。
iPhoneやMacBookがデザインで消費者を魅了する一方、どんな過程で作り上げられているのかを知るものは少ない。
アップルはいかにして美しい製品を世に送り出しているのか──。
NewsPicksはアップルのデザインを研究すべく、デザインエンジニアとして働いていたウェーバー・ダグラス氏のもとを訪ねた。
ダグラス氏はアップルに13年間在籍し、iPodやiPhoneなどの開発に中枢メンバーとして携わった人物だ。
現在は、スティーブ・ジョブズやジョナサン・アイブと働いた経験をいかし、日本でコーヒーマシンのイノベーションに打ち込んでいる。ダグラス氏の新たな挑戦も盛り込んだ、貴重なインタビューをお届けする。
ウェーバー・ダグラス/2002年アップルにデザインエンジニアとして入社。iPod nanoやiPhoneなどの開発に中核として携わる。2014年にアップルを退社後、福岡県に移住し、コーヒーマシンのイノベーションに取り組んでいる

デザインは「製品そのもの」

──アップル製品のデザイン工程は、ほとんど世の中に開示されません。
あまり情報がないので、すごく特別なことをしていると思われるかもしれませんね。でも実際は、そんなに突飛なことをやっているわけではありません。
デザイナーやエンジニアが、とにかくひたすら基本に忠実なプロセスで設計をしている、というのがアップルの本質だと思います。
アップルはもともと、PCをBtoC向けに販売して成功した会社です。
創業した1970年代当時、ほとんどのPCはBtoB向けにしか販売されておらず、ギーク向けという印象が強い、どちらかというと「ダサい」ものと認識されていました。
でもBtoCで売るためには、そのイメージを払拭しないといけない。そこで見た目をスタイリッシュにしようということで、デザインを重要視し始めたのです。
私が2002年にアップルに入社した頃も、まだヒューレット・パッカードやデルはギーク目線でものづくりをしていました。
PCは工学出身のエンジニアが作るので、内部機構に興味が傾いて、どうしてもスペック重視になってしまうんですね。まずスペックシートを作って、最後にデザインを決める、という順番です。
──アップルでは、どの段階でデザインを決めるのでしょう。
そもそもアップルでは、「デザインは製品そのもの」と考えています。
つまり、設計があって最後にデザインをするのではなく、ユーザーに必要な機能を突き詰めて考えれば、必然的にデザインは決まってくるという思想です。
多くの企業は、デザイン部門を開発の「川下」に配置していますが、アップルの思想に基づくと、そもそもデザインと内部機構の設計を切り離せるわけがありません。
だから、アップルでは設計の「川上」からデザイナーが入り込んで、エンジニアと一緒に内部の設計と外側の見た目を作り上げていきます。
(写真: Sascha Steinbach/Gettyimages)

秘密は「組織体制」にあり

──どのような組織体制になっているのでしょう。
iPodやiPhoneなど新商品を開発する際は、プロダクトごとにチームが作られます。デザイン部隊とエンジニア部隊からスタッフが集められて、プロジェクトチームを結成します。
比率は、「デザイナー:エンジニア=1:5」くらい。このチームが、製品が世に送り出されるまで、べったりと付き添いながら議論をしていきます。
まずコンセプトを把握して、デザイナーがそれをもとにデッサンをします。そしてそれに対して、素材や部品をどう組み立てるかをエンジニアが考えて図面に落とし込んでいく。
まれにエンジニアからデザイン案を提案することもありますが、基本的にはこのプロセスです。
重要なのは、議論を何度も繰り返すこと。「もっと薄くならないか」「どうすれば薄くできるか」などの対話をしながら、1つの製品を作り上げていきます。
多くの会社が「デザインは重要だ」というだけで実体が伴わないのに対して、アップルは組織体制にまで手を入れています。デザイン部隊がワークするように設計しているのが、ずっと美しい製品を出し続けられるポイントだと思います。
──デザイナーとエンジニアでは職種が違いすぎて、お互いの主張を理解できないというようなことはないでしょうか。
一般的な企業であれば、そうなってしまうかもしれません。
しかし、アップルのデザイナーたちは、みんなひと通りエンジニアリングのことを理解しているんですよ。iPhoneを作るためにはどんな部品が必要かなど、全員が基礎的な知識を持っています。
そして理解しているからこそ、例えば「なぜiPhoneをもっと薄くできないのか」をエンジニアに聞く権利がある。逆にエンジニアには、「できない理由」を論理的に証明する責任があります。
よくアップルのエンジニアがやるのが、iPhoneを画面の真ん中から半分にスライスする方法。断面図を横から見せて、バッテリーや基板の厚みを認識してもらうわけです。
あるいは図面を使って、構造的な限界があることをとことん説明して、納得してもらいます。
それでもデザイナーは、「いや薄くしたいんだ」とむちゃ振りをしてくることもあるので、「バッテリーをこれだけ薄くすると、寿命が5時間しかなくなるぞ」みたいな激論を日常的に繰り広げています(笑)。
そもそもアップルのデザイナーは基本的に、なんでも「削る」ことが好きなんですよね。
(写真: Paul Harris/Gettyimages)アップルのチーフデザインオフィサーを務めるジョナサン・アイブ

「ボタン1つ」へのこだわり

──アップルのデザイントップであるジョナサン・アイブも「そぎ落としてシンプルにする」ことがデザインの基本だと言っていますね。
基本的にデザイナーは、いかに「そぎ落とす」かばかり考えています。
毎回、何かを作るときは、ボタンひとつとってもそれが本当に必要かを徹底的に議論します。このボタンは本当に必要なのか、2つのボタンを1つにする方法はないのか、みたいな。
だからアップルはいろんなものを最初になくしてますよね。iMacも古くからフロッピーディスクのドライブをなくしていますし、MacBook AirもCDドライブをつけませんでした。
そしてもちろんiPhoneも、タッチパネル式にしてボタン1つだけのシンプルな作りにしたわけです。見事なほど一貫していますよね。
ただiPhone7からイヤホンジャックがなくなったのは、ちょっとやりすぎなんじゃないかと思います。個人的に使いにくいので(笑)。
──逆になぜiPhoneでは、最近までホームボタンを残していたのですか。
もちろん、最初にiPhoneを出す時から、ホームボタンは不要なのではないかという議論はありました。タッチパネルだから、ボタンの代わりになるものはいくらでもあるんですよ。
だけど、ボタンが1つもないと、画面をホームに戻したい、作業をリセットしたい時に、どこを押せばいいかわからないですよね。
例えば、ニュースアプリを使っている時に、急に天気を検索したくなったとして、タッチパネルだけだと、どこを押せばいいか少し考えないといけませんし、押し間違えてしまうかもしれない。
でも、ホームボタンが1つあれば、画面を見なくても手触りだけでリセットできます。
こうしたユーザーインターフェイスは、使う前から考えるのは非常に難しいのですが、アップルは「iPhoneの存在意義」のような次元から徹底的に議論をして答えを導き出してきました。
(写真: Bloomberg/Gettyimages)

ユーザーの意見は「聞かない」

──新しい製品を作る際は、ユーザーに聞くわけにもいかず、社内で「答え」を出すしかありませんよね。
そもそも、人って自分にとって何が一番いいか、本当はわかってないと思うんですよ。ほとんどの人間は、この機能が欲しい、あの機能も欲しいって欲張ってしまう。
だからユーザーの意見ばかりを取り入れると、昔のWindowsのパソコンみたいにいろんな機能を入れすぎて、結局何に使っていいかわからないようなものができてしまうわけです。
だから、市場調査だとかユーザーインタビューは、基本的にナンセンスだと思います。わかってない人に何が欲しいかって聞いても、「答え」は出ませんからね。
でも、じゃあどう答えを出せばいいんだということになりますよね。簡単にアイデアが降ってくるわけでもありませんし。
そこでアップルがデザイナーやエンジニアに求めるのが、その分野の「通になる」ことです。
──自分が思いっきりファンになりきって、その製品について突き詰めて考える、ということでしょうか。
例えば、作曲家は音楽を心から愛せなければ、いい曲を作れないですよね。
スマートフォンやミュージックプレーヤーもそれと同じで、製品のことをとことん勉強して、競合製品をたくさん買ってきて、分解する。
どんな構造だからその機能がついているのか、完璧にそれを知り尽くすしかないんですよ。
とにかく、嫌になるほどスマートフォンのことを考えて、かみ砕いて、自分の中で消化していく。そうすると、ユーザーに話を聞くよりも、自分のほうが「正解」に近づけるはずです。
アップルでは、そうした人間を数人集めて、毎日、議論をしていく。そうするとおのずと、どうあるべきかが見えてくるんです。圧倒的な努力が必要なので、ほとんどの人は途中で挫折してしまいますけどね。
──ただ、あまりに1つの製品に詳しくなりすぎると、それこそギーク寄りの発想になってしまいませんか。
元も子もないと思われるかもしれませんが、そこはやっぱりセンスでしかないと思います。
だから誰がやっても成功するわけではなくて、センスの良い人がそういう通になって議論尽くして決めるしかありません。
実際、アップルにもギーク寄りになってしまう社員はたくさんいます。でも、そういった道を外れそうになった時に、ちゃんと上から俯瞰(ふかん)してみて、方向を修正できる人が必要なんです。
その役割だったのが、かつてはスティーブ・ジョブズだったし、今ではジョナサン・アイブが担っています。
(写真: Justin Sullivan/Gettyimages)

開発費は「ケチるな」

──スティーブ・ジョブズやジョナサン・アイブは、一切の妥協を許さないと聞きます。しかし現実的に、コストの問題で妥協をしなければいけない状況もあるのではないですか。
多くの大企業は営業やマーケティングに予算を使って、開発費はコストカットの対象になりがちですよね。
でもアップルは開発費に対しては寛容で、全くケチではありません。
例えば、最新のバッテリーを使えば、iPhoneが少しだけ薄くなるとしますよね。薄くなるんだけども、コストは10%上がってしまいますと。
そういう場合、ほとんどの企業はコストを取って、バッテリーは変更しません。でもアップルは喜んで薄い方を選びます。
私がiPhone担当だった時、こんなことがありました。
本体を覆うガラスの筐体(きょうたい)と呼ばれる部品で、もし2次加工にかければ0.2ミリだけ薄くできますと。ちょっと手間がかかってめんどくさいし、当然、コストも上がります。
0.2ミリだなんて、正直にいうとユーザーが普通に触っただけではわかりません。それでも、少しでも自分たちの理想に近づける技術があれば、喜んで取り入れるのがアップルです。
──つまりアップルは、素材や技術においては、知りうる中で最高のものを使うというわけですね。
基本には、その通りです。ただ、「最高のもの」というのはものすごく主観的で、アップルには明確に素材に好き嫌いがあるんですね。
それは、ユーザーの皆さんも肌で感じているかもしれませんが、どちらかというと、すごくシンプルな素材にこだわるんです。
例えば塗りものやペンキが嫌いなんですよ。素地をできるだけそのまま出すっていうのが1つの哲学になっていて。だから「最高の素材」といっても、もっと地味なところにこだわっています。
ボディにアルミの素材を使う場合は、サプライチェーンの上流にまでさかのぼって、アルミの組成の研究までしています。
アルミの中に入ってる混合物の比率をどういじって強度を上げるのか。あるいは、より薄く成型するのか。
そういう研究を見えないところでずっとしていて、ユーザーからしたら全く同じなんだけど、実は微妙に良くなっている、というケースがとても多いですね。
(写真: Carl Court/iStock)

最先端技術を「探せ」

──世界のどこにどんな技術があるという情報は、どのように仕入れているのでしょうか。
そこに特別なシステムがあるわけではなくて、デザイナーやエンジニア個々人のセンスで発掘されるパターンが大半です。
例えば、iPodの裏面は、新潟県の研磨職人が一つひとつピカピカに磨いていました。
これは、もともと新潟の研磨職人を知っていたわけではなくて、日頃から意識して金属を観察する中で、美しいものを発見した時に、それをアップル製品に転用できないかと発想して始まるわけですよ。
その美しさの秘密を突き詰めていくと、日本の新潟という場所に行き着いた。そしてそこに、腕の良い研磨職人たちがたくさんいるらしいことがわかってくるんです。
私が職人たちを見つけたわけではありませんが、何度か一緒に同行して、彼らの仕事を見ては感動していました。
──アップルの理想とするデザインを実現しようとすると、中には既存の技術だけでは解決できないものも出てくるのではないですか。
技術がないなら、なんとかして作るのがアップルです。
そこで取り組むのが「共同開発」です。提携先の企業はほとんど公表していませんが、各分野の最先端の企業を巻き込んで知恵を出し合いながら、新しい技術を開発していきます。
私が携わったものでいえば、iPhone5s以降に採用された、ホームボタンの指紋センサー機能。一見、簡単な技術に見えるかもしれませんが、実は指紋センサー付きのホームボタンの上に色を乗せるのは、ものすごく難しいんです。
ボタンの部分だけ本体と色が違うと、かっこ悪いですよね。そのため、何としてもボディの色とボタンの色をそろえる必要があります。
でも、指紋センサーの上にボディと同じ塗装をすると、センサーが反応せずに指紋を読み取れなくなってしまうという問題がありました。
しかも調べてみると、指紋センサーをいかしながらiPhoneの白と黒を塗装する技術は、まだ世界にはない。
そこで、世界中から類似事例を探して、日本の横浜にある企業の薄膜技術を見つけました。
あまり詳細なお話はできませんが、その企業にはマニアックな研究者がたくさんいて、アップルの課題とアイデアを話すと、すぐに実践してくれたんです。
もし、その企業と共同開発ができなかったら、アップルはデザインに満足できずに指紋センサーを搭載せず、いまだに世の中に送り出されていなかったかもしれません。
そうやって常に頭をひねりながら働いてきた13年間で、思考力がものすごく鍛えられました。

辞めアップルの「新たな挑戦」

──アップルでノウハウを学んだ人が、最近では続々と新たなビジネスを立ち上げていますよね。
世界最高峰のものづくりの舞台であるアップルは、エンジニアとしてこの上ない環境です。その一方で、組織が肥大化していくにつれて自分の担当範囲が狭くなり、どんどん仕事がつまらなくなっていきます。
私が在籍していた13年間でも、エンジニアの数は10倍くらいに増えていて、最後はボタン1つをずっと作り続けるような状況になっていました。
やっぱりエンジニアは、自分で何かのプロダクトを最初から最後まで作り上げたい生き物なんですよね。だから、ボタンだけではさすがに満足できない。
そこで私は一転して2014年から、ずっと大好きだったコーヒーの世界に飛び込みました。
そもそも皆さんが飲んでいるコーヒーのほとんどは、豆そのものの実力の、半分くらいしかいかせてないんですよ。おかしいじゃないですか。ぜひそれを、自分の人生をかけて変えてみたいと思いました。
──つまり、収穫してから口に入るまでの間に、著しく劣化していると。
ピンポイントです。ここに完璧な、100点満点のコーヒー豆があったとします。
まず、それが飲む人のところに届いて保管されている間に、80点くらいにまで味が落ちてしまいます。ただ、それは物流の問題があるので仕方ないとしましょう。
でもそれから、コーヒーを焙煎して淹れる工程で、さらに鮮度が落ちて40点くらいになってしまうんです。マシンの構造が不十分であるが故に、せっかく海を渡ってコーヒー豆が届いても、おいしいものが飲めない。
もともとコーヒー豆って、果物なんですよね。だから実は糖度が23度くらい、サクランボくらい甘い食べ物なんです。
でも、その甘いはずの種がどんどん苦かったり、酸っぱい飲み物に変わっていく。私はそれがどうにも許せなくて。
コーヒーに対して「酸味があっておいしい」という表現は、私は言い訳だと思います。酸味が出てる時点で失敗でしょう、って。
本当においしいコーヒーを飲むときは、複雑な表現は必要なくて、「ただ甘くておいしい」だけなんです。
そしてそれを実現するには、どうしても機械のイノベーションが必要です。だから私は今、アップル流のものづくりで、コーヒーマシンを改良しています。

「コーヒーマシン」で革命を

──なぜ既存のコーヒーマシンでは、おいしいコーヒーを淹れられないのでしょうか。
そもそも今使用されているコーヒーマシンの技術は、50年ほど前にイタリアで開発されたものが主流です。
そのため、構造そのものが古く、まだまだ改良の余地があります。
そこで私はとにかく手当たり次第にコーヒーマシンを分解して、構造と問題点を徹底的に突き止めました。
例えば豆をひくグラインダーの場合、部品同士がネジで接合されているため、掃除に手間がかかっておっくうになってしまいます。
でも、おいしいコーヒーを淹れるには道具の掃除がすごく大事です。汚いまま放置しておくと、マシンに残って酸化した粉が、新しい粉に混ざってしまうからです。
そこで私はゼロから設計をし直し、すべての部品を磁石で組み立てられるようにして、掃除をしやすくしました。
すごく小さなことだと思われるかもしれませんが、こうした妥協なき製品開発こそ、アップルでたたき込まれた教えです。
──他にはどんな非効率な点が、コーヒーマシンから見つかったのですか。
細かい点を挙げればキリがありませんが、わかりやすい点でいうと、グラインダーに内蔵されているモーターの位置です。
従来のイタリア式のマシンでは、モーターは豆の下に位置しています。でもそれでは、豆にモーターの熱が伝わってしまい、劣化してしまう。
であれば、モーターの熱が豆に伝わらないように、あえて上下を逆にしてみました。その結果、豆の鮮度は落ちず、安定したコーヒーの味を楽しめるようになっています。
こうした発想は、とにかく既成概念にとらわれていては浮かんできません。
アップルのデザインチームのように、構造をしっかりと理解して、世の中の一般論ではなく、自分の中に「常識」を持つことが大切です。そして、独自のアイデアを形にするために、絶対に妥協してはいけません。
こうしたものづくり哲学は、もしこれからアップルの業績が落ち込むようなことがあったとしても、普遍的なものだと思います。
(写真: NurPhoto/Gettyimages)
(執筆・写真:泉秀一、デザイン:九喜洋介)