アスリート解体新書

秘訣は姿勢と上半身のリラックス

FC東京の武藤とクリスチャーノ・ロナウドの共通点

2014/10/20
サッカー日本代表において、最も勢いに乗る若手のひとりがFC東京の武藤嘉紀だ。9月のウルグアイ戦で代表デビューすると、続くベネズエラ戦で初ゴール。身長178cmの華奢な体型ながら、10月のブラジル戦でも当たり負けしなかった。武藤の躍動感の秘密とは。
武藤嘉紀はブラジルW杯後、慶応大学の4年生ながらJリーグでブレイク(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

武藤嘉紀はブラジルW杯後、慶応大学の4年生ながらJリーグでブレイク(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

キレの秘密は動きと動きのつなぎにある

今回はサッカー選手を、動きそのものから分析評価してみたいと思います。前回の野球の投手と違って、「常に動き続けている状態」での動き分析となります。

サッカー選手を対象としたとき、まず考えなければならないことは、彼らに対して要求されている能力が何であるかを明確にすることです。

では、サッカー選手に求められる身体能力とは何か? それは数値で表されるような単純なものではありません。肉体的な「サイズ」や「筋出力」、「心肺持久力」や「走力」などなど、客観的・相対的に判断する材料はいくらでもあります。ならばそれらの向上が、サッカー選手としてのパフォーマンスの向上に直結しているかと言えば、残念ながらそうではありません。

日常的に使われる「キレがある動き」という言葉にしても、それが具体的に何を指すのか、サッカーの現場やTVの解説できちんと言葉で説明されることはありません。

しかし、漠然とした表現に逃げず、体がどう使われているかをきちんと見れば、「キレ」が何かを浮かび上がらせることができます。

例えばゴルフのスイングは円運動だと思われていますが、その動きを要素に分解すれば、トップの位置からグリップエンドを真下に降ろしてくる上下の「直線運動」と、下半身が右から左へ「回転運動」することの複合動作です。その2つの運動をつなぎ合わせることによって生まれる“角”を、滑らかにすることで円運動と感じられるようになっています。

その“角”がまったくないと言えるほど丸く見せられるのが、「キレのある動き」と表現できると思います。ゴルフスイングについては、いつか詳しく書きたいと思います。

サッカーにおいては、素人目にもわかる派手な動きや、がむしゃらに走り回れる選手が評価されがちですが、私はそういう見方をしていません。「動きの滑らかさ」、「動きと動きのつなぎの部分の自然さ」、そういう何気ない動きを「継続」できてこそ、いざという一瞬の動きを速く正確に行うことができるからです。

さて、前置きが長くなりましたが、アギーレ監督率いる新生日本代表に選ばれ、9月にウルグアイとの親善試合でデビューしたFC東京の武藤嘉紀選手の動きから、サッカー選手に求められる動きの本質を探ってみたいと思います。

武藤の背中にある自然な反り

2014年9月13日に行われたFC東京対ヴィッセル神戸において、試合開始から15分間、武藤選手だけを追った動画をYouTubeで見ることができました。

まず目についたのは、その「立ち姿勢」です。無理に背筋を伸ばすことなく、骨盤のすぐ上の腰のあたりに「自然な反り」が見え、上半身がリラックスしています。

「広背筋」という筋肉をご存知でしょうか。人体の背中側にあって、下半身と上半身をつなぐ大きな断面積を持つ筋肉です。実は我々日本人が最も使えていない筋肉なのですが、この筋肉がきちんと機能してくれると、骨盤を後上方に引き上げてくれ、背筋が伸びた良い姿勢となり、「股関節の自由度が高い」状態を作ることができます。

 

 

なぜ骨盤が引き上げられると、股関節の自由度が高くなるのか? とても重要なことなので詳しく説明しましょう。

まずは椅子に体を投げ出して、だらしなく座った状態をイメージしてください。これが骨盤が後ろに倒れた状態です。立っていても、猫背で背中が丸まっていると、同じように骨盤が後ろに倒れた状態になります。日本人は普通に立っているつもりでも、骨盤が後傾してしまっている人が実に多いです。

股関節というのはものすごく簡略化して言うと、足の骨(大腿骨)が3本の靭帯によってぶらさがっている構造なのですが、骨盤が後ろに倒れるとその可動域が制限されてしまいます。すると最初の一歩をスムーズに踏み出すことができない。それに対して骨盤がしっかり立っていれば、足がぶらぶらした状態になり、前後左右に自在に踏み出すことができます。

背筋が伸びていると疲れづらい

武藤選手は常にこの姿勢が維持できているため、動き出しがとてもスムーズです。ボールに関係しないときも、地面を強く蹴って踏ん張ることなく、前後左右に流れるように動き続けています。

ゆっくりと走っている時も、スピードアップした時も、股関節が伸展した状態で、足が股関節の真下に着地していることで、筋肉に対する負担が少なく、疲労しにくい走りができています。

これも詳しく説明しましょう。「伸展」とは専門用語で、「関節の両側の骨が作る角度が大きくなるような動き」のことです。その反対は「屈曲」。たとえば肘を伸ばしたら伸展になります。ラジオ体操で腰に手をついて背中を後ろにそらす運動がありますよね。あの状態が股関節が伸展した状態になります。

走っているときに骨盤が立っていて、無理に腿を引き上げたりしなければ、自然と股関節が伸展した状態で走ることができます。横から見ていると、上半身がスーっと水平に移動する感じです。すでに書いたように着地の衝撃も少なく、踏ん張らないので疲労も少ない。五輪で200mと400mの両方で金メダルを取ったマイケル・ジョンソンが、こういう背筋を伸ばした走り方をしていました。

 

 

武藤選手の周りに映っている選手を見ると、骨盤が後ろに倒れ、いわゆる少し猫背の姿勢になっているため、動きだしの瞬間に地面を蹴り、太腿を引き上げるという動きが必要になります。その結果、股関節より前で着地して体重を受け止めなければならなくなる。さらには股関節の後ろに置いて行かれた足で地面を強く蹴って、推進力を得なければなりません。

これはとりもなおさず、筋肉の分類で言うと、「屈筋」を使っていることになります。屈筋に頼った動作を繰り返すことによる疲労は、たとえ全力疾走していなくても90分間をトータルして考えると、「伸筋」を使っている武藤選手に比べて大きい。そして時間の経過とともに、いざという瞬間の動きに差が出てきます。

また、背中が立っていて力みのない武藤選手の動きは、相手の選手から見ても、「今動き出すぞ」と感じる予備動作、および表情の変化がありませんので、相手は対応が一歩遅れます。

クリスチャーノ・ロナウドとの共通点

武藤選手のような「骨盤が立った」動きは、川崎フロンターレの大久保嘉人選手がお手本にできるレベルに達していて、後半になっても動きが落ちずにゴールを確実に奪うことができるようになっています。歩いている状態から走りに移行する時にも、体が前かがみにならず、良い姿勢を保ったまま、骨盤を後ろから誰かに押してもらっているように、背筋が伸びたまま楽そうに走っています。腕も前後に無理に振ることなく、肩の力が抜けて自然に振られています。

そして世界で一番背中をうまく使えている選手は、なんと言ってもレアル・マドリーのクリスチャーノ・ロナウド選手です。走っているときも、自然に背中が立っていて、トップスピードでも自在に方向転換することができます。

ブラジルW杯で活躍したオランダのロッベン選手や、ドイツのエジル選手の走り方も同じです。無理のない自然な体の使い方ができていることで、ゴール前でも自在なステップワークが可能となり、大きな予備動作をしなくても足を振り抜くことができ、強くコントロールしたシュートを放つことができます。

本田圭佑のキック力の秘密

少し話が脱線しますが、ボールを蹴る動作においても、股関節の伸展がポイントになります。

蹴る動作は、「膝関節」の伸展動作だと思いがちですが、「股関節」の伸展がきちんとできていなければ、膝から下を正しく振り出すことができません。日本選手の多くは、(前屈みになって)股関節を屈曲した状態で膝関節を伸展させようとしているように見えますが、それは体にとって効率的な動きではありません。強いシュートは打ちづらい。一方、武藤選手は、広背筋が正しく機能しているため、背骨をしっかり反らし、股関節を伸展させ、伸展から伸展へという、人間本来の連動動作によってボールを蹴ることができています。

この股関節の伸展によるキックは、本田圭佑選手がお手本になります。下の写真を見てください。まさに股関節の伸展から膝関節の伸展で蹴ろうとしています。

シンガポールのショッピングモールに出されていた広告(写真:Shinya Kizaki)

シンガポールのショッピングモールに出されていた広告(写真:Shinya Kizaki)

本田選手は走り出すときや、走っているときに前屈みになってしまい、クリスチャーノ・ロナウド選手のように背中が立っていないことが課題でした(つまり屈筋に頼っていたということです)。けれど、ブラジルW杯後に姿勢が改善しつつあるように見えます。それについては、またあらためて触れたいと思います。

さらにヘディングにも話を広げると、武藤選手はヘディングシュートの時にも、広背筋によってしっかり背骨を反らし、そこからの反動でボールをヒットすることで正確に強くボールを捉えています。クリスチャーノ・ロナウド選手がヘディングが強いのも同じ理由です。

22歳という年齢ですが、世界のトップレベルで活躍している選手は、ブラジルのネイマール選手を筆頭にたくさんいますので、臆することなく代表の定位置を奪ってほしいと思います。

ポジションは違いますが、鹿島アントラーズの柴崎岳選手にも同じ動きの質を感じます。武藤選手と同じように背中が自然に立っている。画面を見ていても、姿勢がいいので自然に目に飛び込んできます。体の使い方を見る限り、間違いなく世界に通用する選手に育っていくと思います。

今までの日本選手は、どちらかというと動き出しが硬く、歯を食いしばって頑張っているという動きが目につきましたが、それでは90分間戦い続けることができません。日本が世界で戦うためには、武藤選手や柴崎選手のような動きが普通にできる選手がそろってこなければならないと思います。彼らの世代の活躍を大いに期待しています。

*本連載は毎週月曜日に掲載する予定です。